1959(昭和34)年に多摩田園都市の開発が開始してから60年。「田園都市」として発展し、郊外住宅地として成熟してきた東急田園都市線エリアには、成熟ゆえの課題が生まれてきた。人口のピークは2035年と予測されるものの、多摩田園都市の中核エリアである横浜市青葉区では生産年齢人口が減少し、高齢者人口が増える見通しとなっている。

  • 東急電鉄が郊外型MaaS実証実験の様子を報道公開。ハイグレード通勤バス試乗会も行われた

    東急電鉄が郊外型MaaS実証実験の様子を報道公開。ハイグレード通勤バス試乗会も行われた

■郊外型MaaS導入で田園都市線の課題を打開へ

田園都市線エリアは鉄道の混雑が常態化し、ベッドタウンとして多くの人に支持されている現状はありながらも、職場のある都心から遠く、共働き世帯の支持は得にくくなっている。現在は混雑するほどの繁栄を保っていても、まちの魅力が若い世代のライフスタイルに合致しなくなっている。現在暮らしている住民の高齢化が進む中、既存の鉄道や路線バスといったインフラシステムがミスマッチを起こすという可能性も見える。

そんな現状に対し、東急電鉄は人口減少・高齢化・建物老朽化が消費や活動の減退を招き、若年層の流入が減少し、地域の衰退の可能性があると危機感を抱いている。

同社は「郊外型MaaS」の導入で事態を打開しようと動き出した。「MaaS」(「Mobility as a Service」の略)は車を所有せず、必要なときにお金を払って利用するサービスだという。たまプラーザ駅北側地区を対象エリアとして、「ハイグレード通勤バス」「オンデマンドバス」「パーソナルモビリティ」の実証実験を行うことになった。その報道公開が1月22日に行われた。

■設備充実のバスで快適通勤は可能か

朝の田園都市線。最も混雑している区間の混雑率は184%とされ、窮屈な状況がうかがえる。「職場に通う時間を快適に過ごしたい」と、多くの田園都市線住民が願っているかもしれない。それが可能か検証すべく、快適かつ移動時間を有意義に使う新しい通勤手段としての可能性を考えるため、たまプラーザ~渋谷間の通勤定期券を保有している人を対象に、ハイグレード通勤バスを1便運行することになった。

  • ハイグレード通勤バスはたまプラーザ駅南口から出発

たまプラーザ駅南口を朝7時に出発し、渋谷マークシティへ向かう。これにより、新しい通勤手段としての快適性や商品性を評価したいと東急電鉄は考えている。

今回の実証実験では、44名が乗客として応募し、バスの定員に合わせた24名が当選。報道公開当日は6名が乗車した。車内には水とスリッパと経済雑誌が備えられ、コンセント・Wi-Fi・トイレが完備されている。

  • ハイグレード通勤バスの車内。高級感のある座席

  • 水やスリッパ、経済雑誌などが備えられている

ハイグレード通勤バスは7時にたまプラーザ駅南口を出発し、東名川崎インターから高速道路へ。すぐに渋滞の中へ突入していく。東急電鉄によると、渋滞ははじめから想定しており、それを見越してバスのダイヤを組んでいるという。想定乗車時間はたっぷり1時間30分。渋滞の中をゆっくりと進み、東京ICまで約50分かかった。

首都高に入っても渋滞が続く。このあたりでは田園都市線とほぼ並行している。渋滞は大橋ジャンクションあたりまで続き、その先の池尻ランプで一般道に降りる。玉川通りを進み、渋谷マークシティに入り、バスターミナルで下車する。到着時刻は8時20分頃。想定よりも10分早く着いた。

  • 高速道路は渋滞していたが、これは想定内だという

  • ハイグレード通勤バスが渋谷マークシティに到着。乗客が下車する

利用者に話を聞いてみると、「快適で良かった」という感想が出てきた。iPadで新聞の電子版を読み、メールの確認なども行っていたという。「ゆったりと見ることができました」と話し、「できれば使いたい」と好意的な感想を持っている様子だった。

別の利用者も「快適だった」と好評価。車内ではスマートフォンでニュースを見た後、少し眠っていたという。「普段は会社に着いたらへとへとなので、(バスを)利用していきたいですね」とのことだった。電車よりも長く時間がかかることに関して、「仕方ないと思います」「早く出て8時30分なら許容範囲内です」と答えていた。

電車よりも時間がかかるものの、快適性に優れたハイグレード通勤バスの実証実験は、参加者から好評だった。その一方で、電車の持つ輸送力の大きさも改めて感じられ、多摩田園都市の背骨は、やはり田園都市線であることも再確認させられた。

■起伏の激しい住宅地のためのAIオンデマンドバス

実証実験の対象となった横浜市青葉区美しが丘1~3丁目地区は、景観に優れた街並みでありながら、一方で起伏が激しく、公共交通を幹線道路でしか運行できないことが課題となっている。多くの住民は自家用車を所有しているものの、高齢化が進む中で運転できなくなることが想定され、一方で若い世代が自家用車を保有しない傾向も生まれている。

  • 美しが丘エリアの模型

そんな中で、地域拠点を結ぶ移動手段のひとつとして、AIオンデマンドバスの実験を行うことになった。参加者は52名で、会社員が約9割を占める。予約が入ったときのみ運行する形態を採用し、1日12本、おおむね30分に1本の運行を予定している。17カ所で乗降可能とされ、本人と家族の計2名が乗車できる。

予約はスマートフォンで行う。専用のアプリをインストールし、IDとパスワードを入力。乗車場所・降車場所を決めて予約する。1月23日から3月20日まで平日のみ利用できる。

  • 利用者はスマートフォンで予約し、運転手はタブレットで受け付ける

  • AIオンデマンドバス使用車両

  • AIオンデマンドバス車内

今回、AIオンデマンドバスの拠点となるたまプラーザ駅から近い「WISE LivingLab」を中心に、美しが丘エリアをぐるりと回るコースの一部を試乗した。

「WISE LivingLab」を出発すると、車両はエンジン音を強めながら、建替え前の元石川郵政宿舎エリアの急坂を登っていく。アップダウンの多い住宅街には、複数の自動車が停まっている家も多い。高級車も多く、住宅街としてグレードは高いものの、一方で高齢化による体力の減少などにより、不便になることがよくわかる地域ではあった。幹線道路に出ると、バスの本数は多いものの「ここまで出ることが課題」との説明があった。

  • パーソナルモビリティ使用車両

その他、今回の報道公開では「パーソナルモビリティ」の試験車両も公開された。成熟したエリアの交通における課題を、郊外型MaaSで解決する。地域の衰退という事態を招かないためにも、こうした取組みが必要になってくる。