昨今、日本の企業ではさまざまな形で「働き方改革」が推進されている。その代表的な取り組みのひとつが、ITを活用することで所属オフィスから離れて働く「テレワーク」という制度だ。テレワークは大手企業などを中心にじわじわと普及しつつある反面、まだまだ多くの人たちが満員電車に揺られ出勤しているという現状も。

そんな中、日々の業務だけでなく社員の採用面接さえもオンライン上で行う企業がある。その企業とは、ゲームのイラストや3DCGの制作などを手がける「MUGENUP」だ。東京都新宿区にオフィスを構えている同社では、地方のクリエイターを直接雇用の従業員として採用し、そのまま在宅で勤務できる体制を整えている。中には、一度も来社することなく採用が決定し、人事担当者はおろか社内の人間に会ったことがないまま働いている社員もいるとのこと。

今回は、同社がリモート採用などを導入した背景を、人事部部長・脇恭介氏にうかがった。

  • 「MUGENUP」にて人事部部長を務める脇恭介氏

    「MUGENUP」にて人事部部長を務める脇恭介氏

安定を求めるフリーランスのニーズを掴む

現在「MUGENUP」には約240人の従業員が在籍しており、そのうち約4割が在宅勤務をしている。さらにその大半はオンラインで採用活動を実施し、最終的な事務手続きも郵送でやりとりを行ったという。

「在宅勤務の社員に関して言えば、一度も来社されたことがない方はいっぱいいます。納会など社内イベントも任意参加でやっていますが、あくまで強制ではなく、『都内でのイベントに合わせて来ました』みたいな感じで参加する方が多かったりします」と脇氏。

人材コンサルティング事業なども展開する同社だが、中核といえる事業のひとつがソーシャルゲームなどのイラスト制作や3DCG制作といったアートクリエイティブの制作事業。テレワークの取り組みを始めたのは、世間的にもスマホゲームやソーシャルゲームの存在感が大きくなり始めた2012年頃にさかのぼる。

「当時、イラスト制作事業を大きくするという段階で、従来の採用方法と働き方で20人ほど増員していきました。ただ、大きな制作ニーズに対して、当時の採用ペースや制作能力ではどうしてもまかないきれない部分が出てきてしまったんです。東京での採用候補者の母集団にも限界がある状況で継続的な事業成長を実現するため、在宅での従業員雇用を導入したというのが端的な経緯です」

イラスト制作事業に関しては、「クリエイターに向けた仕事紹介サービス」のような仕組みがすでに構築されていたという。クライアントから依頼を受けたイラスト制作を社内でディレクションし、同サービスに登録しているクリエイターとマッチングを行うといった形だ。オンラインでの採用は、そのデータベースに登録されているフリーのクリエイターにスカウトをかけたのが始まりだった。

もともとイラスト系の専門学校などは地方都市にあることも珍しくなく、特に大阪・京都に集中している。同社の在宅社員も関西在住の割合は高い。また、意外かもしれないが、在宅社員の年齢層は30代前半から半ばが多く、東京オフィスの社員よりも年齢層は高めとのこと。何社かの転職を経て実家に戻り、在宅社員として働き始める人も少なくないそうだ。中には、かつて在籍していた企業での激務で体調を崩し、同社でのテレワークをきっかけに新たな活躍の場を見つけた社員も。

在宅社員の9割が女性というのも大きな特徴。もともとイラスト関係に従事する人は女性の割合が多いことを踏まえても、これは高い比率らしい。脇氏はこう解説する。

「育休の延長期間などで、オフィスに出社していた社員が在宅勤務にシフトするケースもあります。フリーランスで長くやられていた方が、親の介護などをきっかけに在宅社員として契約するといったこともありました。そういった点で、ライフステージの変化には対応しやすいと言えますね」

続けて「勤務地を限定しないことで、日本中から十分なスキルのある人たちを従業員として採用できていると実感しています」とも話してくれた。日本企業における従業員のリモートワークはまだまだ珍しい中で、同社における在宅社員の定着率は、2012年から6年間の累計で8割以上と、業界の中でも高い数字となっている。

  • テレワークの取り組みを始めて以来、同社には独自のノウハウがしっかりと積み上げられているようだ

    テレワークの取り組みを始めて以来、同社には独自のノウハウがしっかりと積み上げられているようだ

クリエイターにとって、より働きやすい環境を

オンライン面接は会社に候補者を呼び出す必要がないので、面接を受けるハードルが下がり、採用後も社員の生活基盤や家族との物理的な距離感を変えずに雇用できる。雇用される側にとってこれらは大きな利点となるだろう。だが、本社機能の負担や採用後のミスマッチが増えるといったデメリットはないのだろうか。

「雇用の事務手続きなどで郵送の機会が増えたといった面はありますが、むしろ240人規模の会社にしては間接部門の人数は少ないです。健康診断などの連絡事項も、ドキュメントを共有サービスで社員全体に通知しています。見積もりなどもPDFメインで作成するといったデジタル化に取り組んでいますし、直近まで、人事や総務、経理などのバックオフィスは企業規模に対してかなり少ない人数でまわしていました」

「採用後のミスマッチもないわけではありませんが、実際にお会いする面接であってもそれはありえることですし、オンライン/オフラインでの差は感じていません。オンライン面接は、その場の空気感を掴んで質問していくことが比較的しづらいとも言えますが、面接前の準備をその分しっかりするようにもなります。面接を受ける側からすれば、その場の空気感に飲まれにくくもなるでしょうし、緊張せずに素が出やすくなるとも思います」

とはいえ、バックオフィス業務にはまだまだ紙でやっている部分も残っているそう。暑中見舞いや年賀状などあえてアナログを維持しているものもあるほか、例えば、全国から資料を集める必要のある年末調整は紙ベースらしい。

「そういった部分も、ゆくゆくはデジタル化したいと思っています。ほかにも今後の課題としては、オフィスなら当たり前にできる口頭でのリマインドや雑談ベースの情報共有など、もっと気軽にコミュニケーションを取れるようなツール・仕組みを作っていきたいと考えています」

  • 東京のオフィスには「テレワーク推進企業等厚生労働大臣表彰~輝くテレワーク賞~」にて特別奨励賞を受賞した際の賞状が

    東京のオフィスには「テレワーク推進企業等厚生労働大臣表彰~輝くテレワーク賞~」にて特別奨励賞を受賞した際の賞状が

「また、生産性という観点で働きぶりの可視化もやっていきたいんですが、監視されると途端にクリエイター陣のやる気が出なくなると思うので、基本は信頼するスタンスです。もちろん、各プロジェクトの利益やそれに要した時間などはデータとして共有していますが、例えば、カメラで常に監視するというようなことはしていません。電話もほとんど使わず、在宅社員とのやりとりはSkypeかチャットワークが中心です。『クリエイターにとって、より働きやすい環境をつくる』という意識は全体的にあるかもしれません」

業務の進捗やタスクを可視化し管理する自社ツール「Save Point」をはじめ、勤怠管理などでも多様なツールをフル活用している同社。目標管理などの仕組みも、出社組と在宅組とでは同様の制度で回しているとのこと。また、ルーティン業務だけにならないよう、能力などに応じて業務内容にも少しずつ変化を付けるなど、在宅クリエイターの成長機会も提供している。長期的には、在宅組の社内キャリアステップも充実させたい考えだ。

「一度も出社せず管理職のポジションに就くという事例はまだ出ていませんが、今後はあり得ると思います。クライアントとの商談や東京での打ち合わせなど、出社組にしかできない業務の範囲もありますが、それすらオンラインで行えるようにして、在宅社員の責任範囲を拡張できれば評価や処遇に反映することもできるでしょう」

「現状は、社内と社外でひとつのユニットを組む体制で業務を進めているケースが多く、お互いを支え合いながら仕事に取り組めるような状態ができています。例えば、社内勤務のアートディレクターと、在宅勤務のイラストレーターやアートディレクターが組むといった具合にユニットが形成されています。全従業員のうち在宅社員が4割いるわけですから、その業務範囲や責任範囲が拡大すれば、会社にとってもシンプルにプラスの効果があると思っています」

さまざまなツールを活用することで、クリエイターにとっての新しい働き方を実現してきた「MUGENUP」。同社の事例には、クリエイター以外の職種においても参考にできる要素がたくさん詰まっていた。後編では、実際にテレワークを行っている同社の社員にオンラインでインタビューした模様をお届けする。