100時間のOKテイクを2時間に

――河瀨監督はカットもスタートもかけないと伺ったんですが、そういう撮り方ならではの魅力や大変さを教えてください。

永瀬:撮影期間中はずっとその役で生きていかなきゃいけなくて、どこを撮られているのかもわからない。それはすなわち“人を演じる”という役者の原点にピュアに戻らせていただける。全てを永瀬から智に入れ替えて、持続しなければならないので、それは大変なことですが。岩田くんとの出会いも鈴として初めて映画の中で出会うんですね。90時間くらいOKテイクがあって、風景も入れると100時間弱にもなるところを、2時間にするのだから、作品に映っていないところの細かいニュアンスも、河瀨さんの世界観につながるのだとも思います。

岩田:100時間は、すごいですね。

永瀬:「その場で生きてくれ」という監督さんなので、最初はみなさん戸惑うんです。僕も最初に『あん』という作品に出演したとき、一番はじめのシーンでカットがかからないので、口もとが動かないようにしながら樹木希林さんと「これまだ回ってるのかな」「回ってると思いますね」と言いながら撮影を続けました(笑)。

――完成作を観るまで、全体像がわからないですか?

永瀬:そうですね。いや、今回もびっくりしました。意外なところだらけです。すごいなと思いました。

岩田:僕も「こういう作品になるんだ」とびっくりしました。自分が出演していないシーンはもちろんのこと、全体の作品としての構成も脚本も変化していて。仕上がりも、映像美や音楽と相まってアートのような、すごく美しい映画だなと思いました。あとは、登場人物それぞれに2時間で描ききれないほどの思いや背景があるので、ラストシーンに至るまでの人生が伝わるといいなと思います。

森の強さと怖さを感じた

――吉野の森の撮影で、大自然で暮らすことについては、どのような印象を持たれましたか?

永瀬:生活していくと、綺麗事ですまないこともいっぱいあります。死に直結する部分もあるし、自然の強さや怖さを感じました。実際に失われつつあるものもある。しかし数百年もの間、守り続けられている歴史も刻まれている。ちょうど台風の時期だったので、スタッフの宿泊施設ギリギリまで土砂崩れが起こったこともありましたし、僕らの大好きな犬のコウが定期検診で病院に行ったら、あっという間に畑が害獣に荒らされたこともありました。起きたら胸のところにムカデがいるなんてこともありましたけど、それらを差し引いても、森からいただくものは多かったと思います。

岩田:役に入っていくときのリアリティは、すごかったです。携帯電話も繋がらないし、否が応でも下界とシャットダウンされる。俳優目線で見たら、幸せなことなのかなと思います。森の中で寝泊まりする経験も初めてでしたので、鈴のリアルな体験として自分の中に入ってきました。寝ているときも、鹿が鳴いている音、虫がカサカサ来る音や川の音、都会だったら聞こえないような音がたくさん聞こえてくる。小さな変化かもしれないけど、監督は画面に切り取ってくださっているので、経験が生きていればいいなと思います。

――それだけ役に入り込むと、役が抜けるのも大変なのではないかなと思いますが……。

永瀬:こうやって喋ったり、観たりするとダメなんですよね。忘れたつもりが、また復活してくる(笑)。

岩田:僕はツアー中だったので、撮影中に東京に戻ったんですけど、他のグループのメンバーからは結構「大丈夫?」と言われました。僕はわかっていないんですけど、「森からきたみたいになってる」と言われたんです。撮影期間は終わるまでずっと抜けなかったですね。

永瀬:河瀨監督作品の場合は、次の作品に行くのが大変なんです。みんな作品に魂を置いてきちゃうんで。藤竜也さんが監督は「魂の盗人だ」とおっしゃってましたけど、次に行くときがものすごく大変です。他の現場で「スタート」「カット」がかかるんだ、ということすら驚いてしまうんです(笑)。でも現場には嘘がないので、濃厚な経験はなかなかできないのかもしれません。

――河瀨監督作品の永瀬さんは「一見近寄りがたいけど、心を開くと……」というところがあるきがするのですが、永瀬さんご自身も反映されているのでしょうか?

永瀬:境目がわからなくなってくるんですよね。気持ちとしては100%、智であったらいいので、自分とは違うのかなと思います。自分が入り込む隙はあまりないですし、撮影がある日、ない日に関わらず、お参りに行く、犬の散歩をする、と色々なミッションがあるんです。予定のない時に急に呼ばれたりすることもあるし、常に智でないと追いつかない現場でした。

――それでは、作中で愛を持って接してる周りの人への愛情も生まれてしまいそうですね。

永瀬:もう、岩田くんもかわいくてしょうがないです。多分、ずっと応援するだろうなと思います。「頑張れ、鈴!」って(笑)。