本格的な桜シーズンが訪れる中、みなさんはどこへ花見に出かけるか決まっているだろうか。今回は、シロヤマザクラを中心に全山でおよそ200種3万本の桜が咲く、日本一の桜の名所、奈良・吉野山を案内しよう。
吉野山は、標高が低い順に、下千本、中千本、上千本、奥千本と順に花が咲くため、例年、4月上旬頃から1カ月ほどの長い期間にわたって桜を楽しめる。また、桜のみならず、源義経、西行法師、豊臣秀吉など様々な歴史上の人物が吉野山を訪れており、その足跡をたどるのも楽しい。
2018年春ロープウェイは運休
吉野山の登山口である近鉄吉野駅へのアクセスは、大阪阿部野橋駅から近鉄特急で1時間20分ほど。京都駅からであれば、途中の橿原(かしはら)神宮前駅での乗り換えが必要だが、同じく近鉄特急で、2時間弱で到着する。近鉄吉野駅に着いたなら、バスを乗り継いで最初に奥千本に向かい、桜を眺めながら山を下ってくることも可能だが、今回は行きは徒歩で登り、帰りにバスを利用することにしよう。
吉野山には、近鉄吉野駅から徒歩3分ほどの千本口駅から吉野山駅の間、349mを結ぶ「吉野山ロープウェイ(吉野大峯ケーブル)」があるが、現在、車両故障のため運休しており、復旧は2018年夏頃の予定だという。このロープウェイは、現存する中では我が国で最古のロープウェイであり、開業したのは昭和4(1929)年3月12日のことで、80年以上の歴史がある。
ちなみに、日本最古のロープウェイは昭和2(1927)年5月29日に開業した三重県南部の尾鷲市と熊野市を結ぶ「矢ノ川(やのこ)峠旅客索道」だ。三重県内の「御在所ロープウエイ」が運営する「ロープウェイ博物館」によれば、矢ノ川峠旅客索道は開業からわずか9年後の昭和11(1936)年10月に、新道の開通によりその役目を終え、営業を終了したという。
さて、吉野山ロープウェイの周辺がいわゆる下千本になっており、本来は車窓から素晴らしい景色が楽しめるのだが、2018年は徒歩またはロープウェイの運休に伴い運転されている代行バスで吉野山駅を目指すことになる。千本口駅から吉野山駅までは、七曲りの坂を登り、徒歩で20分ほどだ。
「一目千本」からの絶景
ロープウェイの終点・吉野山駅の先にある金峯山寺(きんぷせんじ)の総門にあたる「黒門」をくぐり、しばらく行くと見えてくるのが「銅鳥居(かねのとりい)」だ。この鳥居は聖武天皇が東大寺の大仏を建立した時に、余った銅で作られたとする伝承がある。銅鳥居のすぐ先に建つ金峯山寺の仁王門付近まで行くと、左手の遠くに中千本、上千本の桜が見えるだろう。
金峯山寺は、飛鳥時代に修験道の始祖である役小角(えんのおづぬ)が蔵王権現の姿を山桜の木に彫刻し、お堂を建ててまつったのが始まりとされ、この伝説から吉野では桜の木は聖木・神木とされ、大切に増やされてきた歴史がある。つまり、吉野の桜は元々、観光や花見のために植えられたのではないのだ。
吉野山で観光という意味で最も興味深いのは、金峯山寺から300mほどの距離にある吉水神社ではないか。まず、境内には「一目千本」と呼ばれる中千本、上千本の桜を一望できる絶景スポットがある。ここから見ると、谷向こうの山肌の半分以上を桜が覆い、色が濃いのも薄いのも様々な桜があるのが分かる。
また、一般公開されている書院内には、鎌倉時代の初めに、兄・源頼朝の追手に追われて吉野山に逃れた義経、弁慶、静御前らの一行が隠れ住んだという部屋(義経・静御前 潜居の間)や、南北朝時代に南朝の後醍醐天皇の御座所となった部屋(後醍醐天皇玉座の間)などがある。
さらに、文禄3(1594)年、天下統一を成し遂げて絶頂期にあった太閤・豊臣秀吉が、徳川家康、前田利家、伊達政宗らの武将や茶人を引き連れて吉野を訪れ、花見の宴を催した際、本陣としたのもこの吉水神社だった。
さて、桜と歴史物語を十分に堪能したなら、歩を先に進めることにしよう。勝手神社の辺りで道は二手に分かれるが、左右どちらの道を進んでもよく、しばらく行くと中千本行きのバスの終点である「中千本公園」がある。
ここから先の上千本方面への道は県道を外れ、今まで以上に道幅が狭くなる。しばらくは木立に囲まれた道が続くが、名高い「花矢倉展望台」に近づくにつれ、左手の眺望が開け、自分がまさに上千本の真っただ中にいることを自覚する。
花矢倉展望台からの眺望
吉野山でどこか1カ所だけオススメのビューポイントを挙げよと言われれば、やはりこの花矢倉展望台ということになろう。ここまで来ると標高も高く、上千本、中千本の桜が一望できるほか、山の尾根をたどった先には、先ほど訪れた金峯山寺蔵王堂の大屋根も見える。さらにその向こうに遥かに見えるのは、奈良県内でも最も古い歴史を持つ「葛城古道」方面の金剛山や葛城山。そして、古代の大和人がその向こうには黄泉の国が広がっているとの世界観を持っていた、大阪府との境にそびえる二上山だ。
花矢倉の少し先にある吉野水分(みくまり)神社を参拝したら、いよいよ奥千本を目指すことになるが、ここから先は急な登り坂などもあり、ちょっとしたハイキングのつもりで歩かなければならない。吉野水分神社から歩くこと20分ほどで奥千本口バス停付近に到着し、そこには「修行門」と書かれた扁額(へんがく)が掲げられた鳥居が立っている。
この鳥居の先にある「金峯神社」や、義経が塔の中に潜み、追手から逃れる際に屋根を蹴破って外に出たとの伝説のある「義経隠れ塔」、さらに西行法師が三年間、この地で過ごしたとされる草庵跡「西行庵」など、奥千本周辺の見どころをぐるっと一周するには、およそ1時間を要する。
奥千本付近は標高約700m以上あり、筆者が訪れた2017年4月中旬には桜の見頃はまだこれからだった。西行が詠んだ、
吉野山 梢の花を見し日より 心は身にも 添はずなりにき
という和歌からは、桜をこよなく愛する西行が、桜が満開になるのを今か今かと待つ、まさに今の時期のソワソワする気持ちが伝わってくる。
さて、帰りは奥千本口バス停からバスを乗り継げば楽に近鉄吉野駅まで戻ることができる。吉野山は長い期間、桜が楽しめるが、訪問するならやはり最も見応えのある中千本、上千本が見頃を迎える4月中旬頃がオススメだ。同じ頃、桜の見頃を迎える関西の桜の名所といえば、京都の原谷苑や、大阪箕面(みのお)市の勝尾寺などがあるので、あわせて楽しんでみてはいかがだろうか。
なお、2018年は各地で桜が例年よりも早咲きとの知らせが届いている。現地の情報を確認した上で花見に出かけてほしい。
吉野山のバスの運行について
花見シーズンの吉野山では、通常期の路線バスは運休となり、臨時バスが運行される。
・近鉄吉野駅前~中千本公園(奈良交通バスが運行)
・竹林院前(中千本)~奥千本口(吉野大峯ケーブルが運行)
また、2018年は毎年運行される上記のバスに加え、吉野山ロープウェイの運休に伴う代行と近鉄吉野駅の混雑緩和を目的とし、3月31日~4月15日の二週間に限り下記のバスも運行する。
・吉野神宮駅前~下千本付近の吉野山観光駐車場
臨時バスに関する最新情報は吉野町のホームページを確認してほしい。
※記事中の写真は全て2017年4月18日に撮影
筆者プロフィール: 森川 孝郎(もりかわ たかお)
慶應義塾大学卒。IT企業に勤務し、政府系システムの開発等に携わった後、コラムニストに転身し、メディアへ旅行・観光、地域経済の動向などに関する記事を寄稿している。現在、大磯町観光協会理事、鎌倉ペンクラブ会員、温泉ソムリエ、オールアバウト公式国内旅行ガイド。2017年秋には、NHK『ごごナマ』に「紅葉」のゲスト講師として出演。鎌倉の観光情報は、自身で運営する「鎌倉紀行」で更新。