"小さな好き"が才能の可能性を見つけてくれる

――とはいえ、藤井五段のように「自発的に取り組みたい!」と思える対象を見つけるのは難しいこともあると思います

例えば算数が嫌いだった場合でも、引き算だけは好きとか、図形や数字を見るのは好きとか、何か一つ"好き"なことがあると思います。それを見つけてしまえば、伸びていく可能性は高いと思っています。

嫌いなことってある程度しかうまくならないと思うんですよね。まずは何かやらせてみて、好きかどうかを確かめたり、小さな好きを見つけてみたりすることから始めてみてはいかがでしょうか。

――そこから本人の才能も導き出せるものでしょうか?

例えば同じ将棋でも、その子によって面白い展開、面白くない展開は異なります。弟子や子どもたちの表情を見ていると、本人にとって面白い局面のときは、楽しそうな顔をしています。そこが本人の好きなところであり得意なところ、才能がある可能性が高いところなんです。

藤井は勝負の終盤、詰む・詰まないという局面が好きなんですが、それまでの漠然とした局面のとき、昔はあまり楽しそうではありませんでした。

――あまり楽しそうでないところ、苦手な部分を克服させようとはお考えにならなかったんですか?

私はどちらかというと、藤井があまり面白いと感じていなかった終盤に至るまでの"漠然とした局面"が好きなんですが(笑)、藤井の関心がないところ、弱点の部分を教えることは、自己満足のような気がしましたし、当時の本人にとって必要の無いことなので、しませんでした。

楽しそうでない部分、苦手な部分をなくすという展開もあるかもしれませんが、将棋に関しては得意なところを伸ばしたほうが、結果として苦手な部分がなくなってくるケースが多いんです。

――将棋以外の分野でも、同様のことが言えそうですね

できないことを"弱点"として見てしまうとそこまでです。弱点をきっかけに、異なる分野で人より勝るものを見つけてあげたほうが、子どもたちは生きやすくなるような気がします。

  • 得意なことを伸ばせば、苦手な部分は補える(画像はイメージ)

勝負に出る子どもたちを前に、親・指導者はこうありたい

――杉本七段は本書で"悔しさが才能を伸ばすエネルギーになる"と書かれていました

例えば藤井に関して言えば、ただ単に悔しがるのではなくて、負けた原因が何か自分なりに考えて結論を出す、そしてすぐに頭を切り替えて次に挑戦していく、といった過程を踏んで、知らず知らずのうちに成長していったような気がしています。持って生まれたものだとは思いますが、そうさせる周りの環境も大きく影響していたのではないでしょうか。

「負けてもしょうがない」と親が納得させてしまうケースって多いですよね。もちろん切り替えは大事なんですが、負けた原因をはっきりさせておいて、それが分かった上で忘れる、という過程は必要です。

「相手が強いからしょうがない」とか「年上だから負けても当たり前」とか、負けを正当化するのではなくて、必ず原因を探る。原因が分かれば、自然と自分がやるべきこと、学ぶべきことも見つかります。それを自分で考えられる子は、必ず成長していくと思います。

――一方で"勝ち負けにこだわりすぎない"という言葉もありました

将棋で言うと、勝ち負けは日常的なことですから、今日はたくさん勝ったとか負けたとか、一個一個を切り取って考えてしまうと、大前提である楽しむ気持ちや強くなるという気持ちから離れてしまいます。

一個一個を一生懸命やるべきではありますが、仮に負けたとしても、早く切り替えないと立ち直れないし、私たちの世界では切り替えの早い人が強い。ですから周りのご家族が目先の勝負にこだわらない姿勢は大事ではないかなと思っています。

将棋でなくとも、例えば受験や就職、テストなど、合否や数字が出るものは結果に捉われがちですよね。でも、あまりそれに捉われてしまうと子どもが失敗したときに立ち直れません。

本当に大事な勝負って人生でそう多くないし、受験も就職も失敗したって諦めなければ次のチャンスは必ず来る。勝っても負けても、人生の勝負ってその先にあると思うんです。経験豊富な大人は、それを教えてあげるのが役目ではないかと思います。

親として無関心ではいけないと思いますが、子どもと同じように試験に落ちて悔しがったり、いい結果が出て喜びすぎたりすることなく、どっしりと構えていた方が子どもたちにとってはいいのではないでしょうか。

『弟子・藤井聡太の学び方』(PHP研究所/税別1,400円)


永世七冠を達成した羽生善治竜王との公式戦初対局を控え、29連勝した昨年から引き続き注目の史上最年少プロ棋士・藤井聡太五段。その藤井五段が小学四年生で弟子入りしたのが、本書の著者・杉本昌隆七段です。入門以来どのような指導をしてきたか、進学を強くすすめた理由、愛弟子はなぜ急成長したのか――師匠ならではの分析で「強さの秘密」を解説します。藤井五段も原稿段階で読了した「藤井聡太オフィシャルブック」です。

杉本昌隆


1968年11月生まれ、愛知県名古屋市出身。1980年6級で(故)板谷進九段門。1990年10月1日四段。2001年5月、第20回朝日オープン将棋選手権準優勝。2006年2月10日七段。2008年、「NHK将棋講座」の講師を務める。本格派振り飛車党で、特に相振り飛車については棋界きっての研究家として知られている。将棋の戦術書の著作は15冊以上になる。地元の東海研究会では幹事、また杉本昌隆将棋研究室を主宰し、後進の育成にも力を注ぐ。