株も為替も金融市場は、「米国」を中心に回っている。トランプ大統領が常に材料を提供していることもあって、今年は特にその傾向が強いように思われる。以下では「米国」のこれからを4つの視点から考えてみたい。
まず、米国経済は比較的堅調が続いている。8-9月に南東部を襲ったハリケーンの悪影響も長引くことはなかったようだ。これから本格化するクリスマス商戦についても、小売業者の団体は割合に楽観的な見通しを出している。
来年については、労働市場の動向が大きな鍵を握るのではないか。今年10月の失業率は、約17年ぶり(=ITバブル以来)の低水準となる4.1%だった。これは、中央銀行であるFRB(連邦準備制度理事会)が均衡水準、すなわち、それ以上下がると人手不足から賃金インフレになる最低の水準と考えている4%台半ばを大きく下回っている。
にもかかわらず、現局面では賃金の伸びは鈍いままだ。来年にかけて賃金の伸びが高まってくるのか、それとも何らかの構造的な要因で賃金の伸びは高まらないのか。その点が重要になってきそうだ。 伸び悩みは物価も同様だ。今年3月に携帯通話料金の大幅な引き下げがあった影響で、前年比でみた消費者物価上昇率には強い下向きの力が加わっている。その効果がはく落する来春以降に物価の伸びが高まるか、大いに注目である。
次に、金融政策の動きだ。FRBは、リーマンショック後の極端な金融緩和からの「正常化」を進めている。2015年12月以降、既に4度の利上げを実施。また、QE(量的緩和)によって保有するに至った巨額の債券の残高を圧縮し始めている。市場では今年12月の利上げがほぼ確実だとみられている。
来年について、FRBは保有債券の残高圧縮を粛々と進めるとみられる一方で、利上げについては市場の見方が分かれている。市場が5割以上の確率で織り込んでいる0-1回の利上げにとどまるのか、それともFOMCに参加する当局者の過半数が想定するような3回以上の利上げがあるか。上述した労働市場や物価の状況次第でどちらの展開もありうるだろう。
来年2月にFRBの議長はイエレン氏からパウエル氏に交代する。トランプ大統領が、空席となっている複数の理事を指名するとみられ、FRB内部のパワーバランスがどう変わるかという点も興味深いところだ。
そして、財政面では、トランプ大統領の選挙公約でもあった抜本的な税制改革、なかでも減税が実現するかだ。年内の成立に向けて、税制改革法案の議会審議がヤマ場を迎えつつある。ただ、党派的な対立だけでなく、与党共和党内の足並みの乱れもあり、税制改革が小規模になったり、先送りされたりする可能性もあり、頓挫(とんざ)するリスクも排除できない。それに関連して、予算措置やデットシーリング(債務上限)引き上げの遅れから、年内のシャットダウン(政府機関の一部閉鎖)や来春のデフォルト(債務不履行)の懸念が高まるかもしれない。
また、減税によって財政赤字の拡大が懸念されるようなら、市場金利は上昇圧力(=国債価格は下落圧力)を受けるだろうし、それが来年の米経済に抑制的に働くかもしれない。
最後に、「政治」からも目が離せない。ロシアが昨年の大統領選挙に干渉し、トランプ陣営がそれに関与したとの「ロシアゲート」の疑惑は燻(くすぶ)ったままだ。議会の上院でも下院でも共和党が過半数を握っている現状では、トランプ大統領が弾劾される可能性は低いだろう。
ただし、来年11月には下院の全議席と上院の1/3の議席が改選される中間選挙が控えている。仮にトランプ大統領に不利な新事実が明らかになり、有権者から辞任を求める声が強まれば、共和党議員といえどもそれを無視することは難しくなるだろう。ましてや、中間選挙で民主党が議会の主導権を奪取するならば、状況は変わるはずだ。
もちろん、対外関係も無視できない。NAFTA(北米自由貿易協定)の再交渉や対日・対中などの通商関連はダイレクトに為替相場に影響を与えるかもしれない。そして、北朝鮮情勢がどのように進展するかは、予測不能だ。
執筆者プロフィール : 西田 明弘(にしだ あきひろ)
マネースクウェア・ジャパン 市場調査部 チーフエコノミスト。1984年、日興リサーチセンターに入社。米ブルッキングス研究所客員研究員などを経て、三菱UFJモルガン・スタンレー証券入社。チーフエコノミスト、シニア債券ストラテジストとして高い評価を得る。2012年9月、マネースクウェア・ジャパン(M2J)入社。現在、M2JのWEBサイトで「市場調査部レポート」、「市場調査部エクスプレス」、「今月の特集」など多数のレポートを配信する他、TV・雑誌など様々なメディアに出演し、活躍中。
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