7月19日に行われた東武鉄道のSL「大樹」の試乗会、8月10日に開催されたSL「大樹」の祝賀列車・営業一番列車の出発式を取材するため、日光・鬼怒川方面へ足を運ぶ機会が2回あった。これを機に、JR新宿駅から運行されるJR・東武直通の特急列車と、新型特急車両「リバティ」を含む浅草駅発着の特急列車を乗り比べてみた。
SL「大樹」の試乗会が行われた7月19日、筆者はJR新宿駅から特急「スペーシアきぬがわ3号」に乗車し、鬼怒川温泉駅へ向かった。新宿駅では2006年3月から始まり、すでに11年経過したJR・東武直通運転の10周年を記念するポスターが現在も貼られてあった。
以前は浅草駅からだけだった日光・鬼怒川方面への特急列車が、JR・東武直通運転によって新宿駅・池袋駅からも乗換えなしで行けるようになり、一定の時間が経っている。今回は新宿発と浅草発の列車を比較するとともに、2つのルートの意義と今後も考えたい。
特急「スペーシアきぬがわ」グリーン車のようなゆったりした座席が快適
新宿発鬼怒川温泉行の特急「スペーシアきぬがわ3号」の使用車両は、「スペーシア」の愛称でおなじみ東武鉄道の特急車両100系。平日は車内販売がなく、新宿駅5・6番線ホームにはキヨスクや駅弁を販売する店舗もない(自動販売機があるのみ)ため、時間に余裕を持って乗車するなど注意が必要かもしれない。
新宿駅5・6番線ホームはおもに成田空港駅からの特急「成田エクスプレス」と日光・鬼怒川方面の特急列車が使用している。特急「スペーシアきぬがわ3号」は10時31分にこのホームから発車した。その後、大宮駅まで湘南新宿ラインの列車と同じ線路を使用し、大宮駅からは東北本線(宇都宮線)を走行する。
しばらく乗っていると、停車駅として記されていない栗橋駅で停車する。運転席のある部分にだけ小さなホームが作られ、そこで乗務員が待っていた。ここから東武鉄道の路線に入るために、乗務員も交代するのだ。数分の停車を経て発車すると、いったん車内の照明が消える。JRも東武も直流1,500Vではあるものの、電気関連の混乱を防ぐためにデッドセクションが設けられているからだという。
東武日光線に入った「スペーシアきぬがわ3号」は田園地帯が広がる中を走り、途中の栃木駅・新鹿沼駅に停車。下今市駅から東武鬼怒川線に入り、山間部の曲線や勾配のある区間も走行して、鬼怒川温泉駅には12時38分に到着した。
「スペーシア」を使用しているだけあって、車内は快適だった。シートピッチは1,100mm、フットレスト付きで、JRでいえばグリーン車のようなゆったりとした座席である。コンパートメントルームを備えた車両もあり、JR線内ではグリーン車(個室)として扱われている。この列車のおかげで快適に鬼怒川温泉駅へ向かうことができた。
特急「日光」の車両253系、シートピッチは「スペーシア」と同じ
鬼怒川温泉~下今市間で行われたSL「大樹」の試乗会を終え、帰りは東武日光発新宿行の特急「日光8号」に乗車した。使用されている車両はJR東日本の特急形電車253系。かつて「成田エクスプレス」に使用されていた車両だ。乗車してみると、こちらもシートピッチは広く、1,100mmとなっている。改造車のため、車両によっては窓とシートの位置が一致していないが、シートピッチの広さゆえ、乗車していても快適ではある。
下今市駅を発車した「日光8号」は東武日光線を走行。栗橋駅で再びデッドセクションを通過し、乗務員交代用ホームに停車。ここでJR東日本の乗務員へと交代し、JR線を走行して、新宿駅には18時36分に到着した。
「日光」といえば、国鉄時代にも同名の列車が走っていた。かつて日光方面の乗客を奪うべく、国鉄と東武鉄道が競争を繰り広げていたことが知られている。国鉄は準急列車ながら特急列車並みの設備を誇った157系「日光」をはじめ、伊東駅から日光方面への直通列車など、さまざまなアイデアを繰り出した。東武鉄道も1960年にデラックスロマンスカーを導入。こちらに人気が集中するようになり、ライバル争いを制した経緯がある。
国鉄も急行形電車165系による列車を都心から日光方面へ走らせていたが、東北新幹線が開業した1982年に廃止。以後は新幹線との乗継ぎが必要となった。JR東日本の発足後も、臨時列車などで日光方面への観光輸送を試みたが、決定打がなかった。
こうした問題を解決したといえるのが、東武日光線との接続駅となっていた栗橋駅だった。ここに直通線を設置することで、新宿駅・池袋駅から日光・鬼怒川方面へのルートを開拓することができた。これにより、東武東上線・西武池袋線などから池袋駅乗換え、JR中央線・小田急線・京王線などから新宿駅乗換えで日光・鬼怒川方面へアクセスしやすくなった。本数は少ないものの、便利なルートとして活用されている。