日銀は、あるいは黒田総裁は、2%という物価目標達成の困難さと金融政策の限界を認めつつあるようだ。

10月31日~11月1日の金融政策決定会合で、日銀は「現状維持」を決定した。10月21日の国会答弁で、黒田総裁は、金融政策に関連して「すぐに変更があると考えることは難しい」と述べていたので、現状維持は大方の予想通りだった。

ただし、会合の結果と同時に公表された「経済・物価情勢の展望」、いわゆる「展望レポート」には重要な変化があった。「展望レポート」では、2%という物価目標達成時期の見通しを「2018年度頃」とした。前回7月のレポートでは「2017年度中」としていたので、わずか3か月の間に1年先延ばししたことになる。

7月の「2017年度中」は、展望レポートの重要ポイントにあたる冒頭の「概要」に明記されていた。しかし、今回の「2018年度頃」は本文中(3ページ目)に、当該段落の最後に「なお書き」の形で挿入されただけだった。「2%の物価安定の目標をできるだけ早期に実現する(今年1月の展望レポート)」との意気込みは大きく後退している。

さらに、7月の「概要」の最後には「『物価安定の目標』の実現のために必要な場合には、『量』・『質』・『金利』の3つの次元で、追加的な金融緩和措置を講じる。」との一文があった。それが、今回は「『物価安定の目標』に向けたモメンタムを維持するため、必要な政策の調整を行う。」だった。多分に感覚的だが、「3つの次元で追加的な措置を講じる」に比べて、「必要な調整を行う」はかなり控え目な表現だろう。

日銀が「長短金利操作付き量的・質的金融緩和」という新しいフレームワークを導入した9月の会合で(展望レポートの公表はなし)、すでに発表文の表現は「必要な調整を行う」に変わっていた。したがって、「総括的な検証」の結果として、金融政策の軸足を「量」から「金利」にシフトさせた9月の会合の時点で、日銀は「短期決戦」から「持久戦」へ切り替える覚悟ができていたのだろう。

日銀にとって幸いだったのは、こうした日銀の「敗北宣言」に近い発表に対して、市場がほとんど反応しなかったことだろう。日銀が苦悶を続けている間に、市場は日銀の「敗北」を既に織り込んでいたのかもしれない。一方で、会合ごとに過度に注目され、結果に対して市場が大きく反応する状況から、日銀は上手くフェードアウトしたとの評価もあるようだ。

今後の市場への影響として、考えられるのは以下の2つだ。一つは、日銀の金融政策に対する注目度や期待が低下して、金融政策決定会合があまり材料視されなくなるかもしれないということ。そして、もう一つは、日銀がどこまで我慢するか、どの段階で追加緩和に踏み切るかを試すような円買いの仕掛けが起きるかもしれないということ。後者については、足元で再び混迷し始めている大統領選挙の結果次第で、意外に早くやってくるかもしれない。

執筆者プロフィール : 西田 明弘(にしだ あきひろ)

マネースクウェア・ジャパン 市場調査部 チーフエコノミスト。1984年、日興リサーチセンターに入社。米ブルッキングス研究所客員研究員などを経て、三菱UFJモルガン・スタンレー証券入社。チーフエコノミスト、シニア債券ストラテジストとして高い評価を得る。2012年9月、マネースクウェア・ジャパン(M2J)入社。市場調査部チーフアナリストに就任。現在、M2JのWEBサイトで「市場調査部レポート」、「市場調査部エクスプレス」、「今月の特集」など多数のレポートを配信する他、TV・雑誌など様々なメディアに出演し、活躍中。

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