7月10日からトルコのイスタンブールで開催されている世界遺産委員会。15日に軍の一部がクーデターを企てたことを受けて一時審議を中断。審議は17日に再開され、審議の案件を制限して17日で終了となることが決定していたが、17日午前の審議で「国立西洋美術館」が世界遺産に登録された。

今回の登録は日本にとって初めての他国との共同登録であり、また日本初の戦後の建築物の登録、さらには東京23区初の世界遺産、と意外なことに初物づくしである。5月の諮問機関からの登録勧告以降、にわかに脚光を浴びた「国立西洋美術館」だが、まだ十分に知られているとは言えない世界遺産としての価値などを、世界遺産に詳しい世界遺産アカデミー/世界遺産検定事務局の研究員・本田陽子さんにうかがった。

日本で唯一のル・コルビュジエ作品である「国立西洋美術館」は、JR上野駅公園口徒歩1分というアクセスの良さも魅力のひとつ

――以前登録勧告された際には「国立西洋美術館」の建築的な特徴や設立された経緯についていろいろお聞きしました(こちらを参照)。今回は登録の経緯について詳しく教えてください。

「国立西洋美術館」は「20世紀を代表する近代建築の巨匠」と言われるル・コルビュジエによる日本で唯一の建築作品です。彼の建築物は現存するもので70点ほどあるのですが、ヨーロッパを中心に世界中に点在しています。

コルビュジエは、「近代建築運動」と呼ばれる、20世紀以降の近代社会の現実に合った建築をつくろうとする運動を推進した人物です。その運動に特に影響を与えたとされる彼の17作品がまとまって「コルビュジエの建築作品」として世界遺産に登録されました。ちなみに、コルビュジエはアジアでは日本とインドで建築を手がけているのですが、国立西洋美術館は「東アジアで唯一のル・コルビュジエの建築作品」ということになりますね。

――コルビュジエの建築のポイントとは何でしょうか?

コルビュジエの生誕地であるスイスの「ラ・ショー・ド・フォン」は時計製造で知られ、街全体が世界遺産に登録されています

19世紀以前の建物は壁で支える建築でした。彼は鉄やコンクリート、ガラスなど新しい素材を駆使して、採光を高めるとか、眺めがいいとか間仕切りがないとか、現代の私たちが快適だと思う住環境を生み出した人です。彼の作品を見る時に、現代に通じるポイントを探すといいと思います。ですから、コルビュジエの作品に衝撃や驚きを求めるというのはちょっと違うかもしれません。

逆に言うと、現代に造られた建物のどの部分がコルビュジエの影響を受けているのか、という見方をしても面白いと思います。現在活躍している建築家の方々は、ことごとく彼の影響を受けていると言われます。安藤忠雄さんは事務所で飼っていた子犬には、「コル」と名づけていたらしいですよ(笑)。

――これまでに登録された日本の世界遺産とはなにか違う点がありますか?

大きく異なるのは、現代の私たちの生活につながる連続性が感じられる点かと思います。これまでに登録された文化遺産は、日本の精神性の象徴とも言える寺社であったり、日本人の工夫や努力の証が見られる産業遺産などが主だったりでした。今回はそれらとは明らかに毛色が違いますが、世界遺産の多様性を感じさせる面白い立ち位置になると思います。

そして、国立西洋美術館は全ての人に開かれている公共建築であり、またアクセスも非常にいいのがいいですね。美術館前方のロダンの彫刻などが設置された庭や、美術館内部のオープンスペースはもちろん無料で誰でも見学できます。宗教的な聖地ではないので来訪者を選ばないですし、これだけ敷居が低い、開かれた世界遺産というのは日本でも珍しいのではないでしょうか。

――ところで、日本にとっては初めての他国との共同登録ということになりますが、世界遺産ではこのような登録のされ方があるのですね。

こうした複数の国にまたがる登録を専門用語で「トランスバウンダリー・サイト(国境を越える遺産)」といいます。文化や歴史的背景などが共通する資産を、ひとつの遺産として顕著な普遍的価値を有するとみなし登録する手法があるのですが(「シリアル・ノミネーション」)、それが多国間にまたがるケースもあるんです。1,000件を超える世界遺産の中で、30件ほどがこの手法で登録されています。実は、今回の登録は、これまでのトランスバウンダリー・サイトとは違う点があるのですよ。

――いろいろと「初めてづくし」の登録なんですね。

一言でいうと世界初の「トランスコンチネンタル・サイト」なんです。

――つまり「大陸をまたがる遺産」ということでしょうか?

そうなんです! 必ずしも地理的に連続性がなかったり、隣り合っている国でなかったりしても、共通する価値を有していれば多国間での登録は可能なんです。例えば、ちょっとマニアックなんですが2012年にスペインとスロベニアの水銀鉱山が共同登録されました。ただ、大陸をまたがる遺産はこれまでなかったんです。今回はフランスが代表となり、スイス、ベルギー、ドイツ、アルゼンチン、インド、日本の7カ国にまたがっています。