池上正樹『大人のひきこもり』(講談社/2014年10月/800円+税)

「ひきこもり」という言葉を聞くと、裕福な家庭で育ち、親に甘え、自分の部屋に閉じこもって外に出てこない「若者」の姿をイメージする人は少なくないと思う。テレビドラマの題材として扱われたり、ワイドショーで特集されるひきこもりはほとんどの場合若い人たちだ。「ニート」のイメージと混同して、ひきこもりといえば怠惰な若者の一類系だと思っている人もいるだろう。

ところが、現実にはひきこもりの問題は若者に限定される話ではない。ひきこもりと考えられる人たちのうち、40歳以上の人たちは今では100万人以上もいると推定され、実はひきこもりの高齢化が進行している。

本書『大人のひきこもり』(池上正樹/講談社/2014年10月/800円+税)は、そんな高齢化しつつあるひきこもりの実態を様々な事例ベースで解説し、ひきこもりに対する誤ったイメージの払拭を試みている。本書を読めば、日本社会でどれだけひきこもりが誤解されているか、そして一歩間違えば誰だってひきこもりという状況に追い込まれかねないという事実に気づくことだろう。

ひきこもりの半数以上が40歳以上の県もある

本書の序盤では、ひきこもりの実態がアンケート調査の結果などの様々なデータを元に解説されている。たとえば、島根県が2014年3月に公表した「ひきこもり等に関する実態調査報告書」では、ひきこもっている人のうち40歳以上の高齢者が占める割合は全体の52%であり、このことからもひきこもりの高齢化が進んでいることが伺える。

また、ひきこもりの期間が10年以上に渡る人たちは全体の3割にものぼり、ひきこもりが高齢化していると同時に長期化しているという事実もわかる。これについて、担当者は「10年以上でざっくり区切ってしまったため、20年以上、あるいは30年以上ひきこもり続けている人がどのぐらいいるのかわからなかった」と言ったという。実際には20年、30年とひきこもっている人たちも少なくないのかもしれない。

ひきこもりに関するデータを正確に収集するのは実は難しい。当事者が自ら手をあげることはひきこもりの構造上簡単ではないし、当事者の家族も「身内の恥」という意識から隠す傾向にある。これらの調査は民生委員や児童委員に対するアンケートという形で行われており、すでに助けを求めた人たちの数しか把握できない支援機関主導のものよりも実態に近いとは考えられるものの、完全な把握は困難だ。

それでも、近年は調査対象年齢を広げるなどの工夫により、高齢化や長期化の実体が少しずつ見えるようになってきた。まずはこの事実を受け止め、ステレオタイプなひきこもり像をアップデートする必要があるだろう。

「迷惑をかけたくない」という心理

ひきこもっている人たちに対する偏見のうち、ポピュラーなものとして「怠けているから」「働きたくないから」ひきこもっている、というものがある。実際に数百人規模のひきこもり当事者たちと接してきた著者は、このようなイメージは誤りだと言う。

ひきこもり当事者たちは他人とのつながりがなく、社会から孤立している。本人の内面は「これ以上、自分が傷つけられたくない」し、他人も「傷つけたくない」。つまり、「他人に迷惑をかけたくない」と考えている。彼らがひきこもらざるをえないのは、決して怠惰だからでも、労働意欲がないからでもない。そういう点で、ひきこもりは就労意欲がない、いわゆるニートのような人たちとはまったく違う。

実際には、彼らは仕事をしたいと思っているし、社会とのつながりも持ちたいと思っている。しかし、他人や自分を傷つけたくないという気持ちから、それができないでいる。本書の言葉を借りると、彼らは「周りの空気を読め過ぎてしまうくらい心やさしい感性の持ち主」であり、それゆえにひきこもってしまう。中には、「自分が職に就いたら、それによって職を奪われてしまう人が出るのではないか」と心配し、それで就職を自重しなければならないと考えている人までいるという。

ひきこもりは他人事ではない

本書では様々な「ひきこもり」の事例が紹介されているが、どの事例も「まったく自分には関係がないこと」とは思えない。たとえば、メーカー勤務のある30代男性は、ある日を境に会社の玄関から先に進むことができなくなり、ひきこもりになった。この男性の職場は行き過ぎた成果主義が支配する職場で、この男性にはそのよそよそしい雰囲気が耐えられなかったという。

僕も会社員時代には、会社に行くのが嫌で通勤途中に足が重くなるという経験を何度もした。この男性のようにそのまま欠勤してしまったことはないものの、「このまま会社ではなく違うところに行ってしまおうかな」と考えたことは何百回とある。ひきこもってしまうか、そうしないかの差はほんのわずかしかないように思う。

ひきこもりに対してステレオタイプなイメージしか持っていない人や、「自分も他人のことを気づかいすぎてしまう」という人は、ぜひ本書を読んでみてほしい。ひきこもりは意外と自分の身近な問題だったということに気づくはずだ。


日野瑛太郎
ブロガー、ソフトウェアエンジニア。経営者と従業員の両方を経験したことで日本の労働の矛盾に気づき、「脱社畜ブログ」を開設。現在も日本人の働き方に関する意見を発信し続けている。著書に『脱社畜の働き方』(技術評論社)、『あ、「やりがい」とかいらないんで、とりあえず残業代ください。』(東洋経済新報社)がある。