「会社に100%かけられない」罪悪感

――小説家デビューしたあとに、就職されていますが、何かそのときに身についた力はありますか?

会社に入ってからはとにかく時間がなかったので、最低限のことしか考えていなかったかもしれないですね。事務作業を片付けるスピードは身につきました、多分。前代未聞なくらい早く帰る新入社員だったと思います……(笑)。入社する前に姉に「入社の一カ月でどういう人間か見られるから、そこで無理したらだめだよ。はじめの一カ月でライフスタイルを理解してもらったらいいよ」と言われたんです。的確なアドバイスですよね。

――会社を辞めるときは、どんな気持ちで決断されたのですか?

2年目ごろから、心身ともに100%を会社に注ぐことができていないことに罪悪感を抱き始めていました。いよいよ4年目になれば部下もできるし、同期も、土日も会社生活にプラスになるようにゴルフなどに時間を使ってるのを見て、申し訳なさも募りました。

――小説に専念したいというよりも、会社に専念できないことが大きかったのでしょうか

会社のローテーション制度があって、ここで辞めないと次のタイミングで辞めづらいとか、小説の方でやりたい仕事があったとか、色々なタイミングが重なったことが一番の理由ですが、申し訳なさはありましたね。周りはそんな私のことを受け止めてくれる方々ばかりで、その優しさに甘えていいのか、と。会社の仕事は本当に楽しかったです。

デビューしたてのとき、先輩の作家さんに「会社勤め経験のない人が書いた会社員はスパイみたいだ」と言われたことがあります。実際に会社に入ってみると、けっこうみんな普通にコンビニ行ったりもしているし、毎日プレゼンしているわけじゃないし、決して「着回しコーデ2週間」みたいな生活じゃない(笑)。それがわかったのも良かったですね。

――もし小説で成功していなかったら、会社を辞めていなかったですか?

成功云々よりも、挑戦したい仕事があったことが大きかったですね。もともと会社を辞めるきっかけになった大きな仕事は、色々なトラブルが重なって消えてしまったんですが……今は別の大きな仕事に向けて準備をしています。結局、神様が色々な状態をセッティングしてくれたと思うようにしています。大きな仕事を先に誰かにやられるのも嫌でしたし。

――『ASAYAN』のなっちみたいですね

あやっぺにパートをとられるかもしれないみたいな(笑)。今から3年がかりとかで大長編を書いたとしても、まだ20代なんですよね。そう思ったら、いろいろ挑戦してみるべきだとも思いました。

具体的な目標をたてるタイプ

――年齢の話が出ましたが、30歳までにやりたいことはありますか

すっごい具体的なことを言うと、本屋大賞ですね。30歳でちょうどデビュー10周年なので、それまでに本屋大賞をとって、単行本で実売100万部達成が具体的な目標です。たくさんの人に読まれていたい、とかじゃなくて、明確な目標(笑)。達成しなかった場合も、明確にばれるという(笑)。僕の故郷の岐阜にまで届くニュースって、本屋大賞か直木賞くらいしかないんですよ。だからそれは本当にやりたいと思います。

――目標意識が強いんでしょうか?

けっこう目標を立てて考えるタイプです。デビューも19歳までにと思っていましたし、デビューしてからも「学生時代に5冊本を出す」という目標がありました。よく「若いうちにデビューすると、そのあと本を出せない」と言われていたので、「じゃあ出してやろう」と考えて達成したんです。他にはいないだろうと思っていたら、乙一さんがたくさん出していました(笑)。やっぱり何もないとさぼってしまうので、さぼらないために目標を立てているのかもしれません。

――ラジオやTVにも出演されていると思いますが、どんな方が多いですか? 普通の会社の方と違うところなどは

パーソナリティーがわかるまで長期的に関わることがなかなかないので、一概には言えないですが、基本的に自分の好きなことを仕事にしている人が多いからか、意欲がすごいですよね。仕事って、性善説の部分が多いと思っていて……たとえば商品についても、「こういうことをしたら売れると思うんです」といった工夫は、その人次第だと思うんです。その工夫ってなくてもいいわけだし、最悪前年度の業務を繰り返すだけでも会社ってまわったりするわけですけど、TVやラジオや出版の世界には、強制されていないのに努力する人が多いのかもしれない。そういう場所にいられるのは嬉しいですね。

ネットニュースを題材にした話も

――『世にも奇妙な君物語』では、ネットニュースを題材にした話(『13.5文字しか集中して読めな』)もありました

はじめはもっとシビアで、「13.5文字以上の会話ができなくなっている世界」の話にしようかと思ってました。書いているうちに少し変わってきましたが、みんないろいろ考えるところはあるだろうな、と思いながら書きました。

――俳優の溝端淳平さんがモデルになった話(『脇役バトルロワイアル』)についてはいかがですか

以前対談をさせていただいたときに、溝端さんに向いている話をプレゼンして、そのうちのひとつが最後の話です。これは面白いと言ってくれたので、たぶん大丈夫と思うんですが……(笑)。本人にも送っています。

今回の本は私を知らない人も読みやすくて、今まで出した本の中で一番気軽に手にとっていただきやすい本だと思います。帰省中とか、移動中とか、寝る前とか、ちょっとした読み物に触れたいときにぴったり、のはずです! だから、すべての人におすすめしたいですね。

――溝端さんファンにもおすすめですね

どう思うのかな、怒るのかな(笑)。ぜひ、溝端くんファンに読んで欲しいですね。すべての人、プラス溝端くんファンに(笑)。

『世にも奇妙な君物語』(講談社/1,400円+税)
今年二十五周年を迎えたテレビドラマ、「世にも奇妙な物語」の大ファンである、直木賞作家・朝井リョウ。映像化を夢見て原作を書き下ろした短編、五編を収録