佐藤留美『資格を取ると貧乏になります』(新潮社/2014年2月/680円+税)

弁護士、公認会計士、税理士、社会保険労務士――一昔前まで、こういった士業の資格は取っておけば一生食っていくのには困らない「安定」を象徴する資格だった。特に弁護士や公認会計士は試験自体も難関で、取得できればそれは優秀さの証明にもなり、会社員から一発逆転を狙ってこのような資格取得を狙う人も少なくなかったように思う。弁護士や公認会計士はみんな年収1,000万ぐらいは稼いでいると思っている人は未だに少なくない。

しかし、実際にはそのようなイメージは正しくない。特に弁護士については法科大学院設立による弁護士数の急増により、5人に1人は年収1,000万どころか生活保護並みの所得であるという。公認会計士に至っては、筆記試験に合格しても実務経験を積むために監査法人に就職ができない待機合格者が急増し、試験に受かっても資格が取得できないという奇妙な現象が起こっているそうだ。「資格さえとっておけば一生安泰」というのはもう完全に過去のことで、今はもう「資格をとっても稼げない」というのが実情である。

本書『資格を取ると貧乏になります』(佐藤留美/新潮社/2014年2月/680円+税)は、昔は取れば一生安泰だと言われていた人気資格の厳しい現実を、凋落の原因となった政策の変化などに触れつつまとめたものである。万が一「資格さえとってしまえば」という甘い考えを抱いている人がいるとすれば、強く本書を読むことをおすすめしたい。「資格」を巡る厳しい現実に背筋が寒くなるに違いない。

10年間で弁護士の数は2倍になった

本書では様々な資格について「それだけでは食えない」ものになってしまった理由を説明しているが、もっともページが割かれているのは「弁護士」についてである。というのも、どの資格も過去の安泰の構造が崩れるメカニズムは基本的に一緒であり、それが一番わかりやすいのが弁護士だからだ。

弁護士は、ここ10年間で数が2倍に増えている。弁護士の数が増えたのは、司法制度改革の一貫として法科大学院が設置され、司法試験が旧制度から新制度に移行し、合格者が増えたことが原因だ。弁護士を増やさなければならなかった背景には、諸外国との比較がある。1997年時点で、日本は弁護士ひとりあたりの人口が先進国の中で最下位で6,300人である。対してアメリカは290人、その差は約20倍だ。せめてひとりあたり1,640人のフランス並みには増やそうということで、「質量ともに豊かな法曹の確保」を目指して制度の改革がはじまった。

これだけ見ると、一見理にかなった制度改革のように思えるが、問題はこの改革が需要をまともに考慮していなかった点にある。弁護士の数は2倍になったが、仕事の数が2倍になったわけではない。それゆえ弁護士業界は過当競争に陥り、稼げない、そもそも就職ができないという弁護士が激増した。中には別の市場のビジネスを求め、副業で寿司屋を始めた弁護士法人まであるという。

「法科大学院修了者の7~8割が合格する」と言っていたのに……

弁護士を増産するための改革の目玉となったのが、法科大学院の設立だ。旧制度の司法試験は、大学を卒業すれば誰でも受けることができたが、新制度の司法試験は受験のために原則法科大学院を経ることを義務づけた。

設立当初、法科大学院修了者の7~8割は新司法試験に合格することを想定していると言われていた。これは旧司法試験の合格率が数%だったとこと比べると、劇的に高い合格率であると言える。ところが、いざ蓋を開けてみると合格率は初年度で5割を切り、その後は3割未満の低空飛行を続けている。それでも旧司法試験に比べれば高い合格率だと言えるが、これでは当初の話とあまりにも違う。

資格職を目指すなら覚悟が必要

本書の最終章では「それでも資格を取りたいあなたのために」と題して、このような厳しい環境下でも資格を取りたいと考えている人に対してのアドバイスが載っている。たとえば、これだけ政策で有資格者が増えたといっても、未だに弁護士や会計士などがいない「空白地帯」と呼ばれる地域が日本にはある。そういう地域に行く覚悟があれば十分戦うことはできるし、そうでなくても顧客の話をよく聞き、多少背伸びをしてでもできる仕事を増やしていこうとする姿勢があれば他者と差別化できる。

本書を読んでいると厳しい現実に心が折れそうになるが、そもそも今までの「一生安泰」というような状態が異常だったとも言える。どんな職業でも競争はある。いくら資格職が昔より食えなくなったとはいっても、未だに昔のイメージと同様に稼いでいる人たちはいる。甘い考えは捨てたほうがよいというだけで、本書は別に資格を取ることがすべてダメだと言っているわけではない。むしろ、本書を読んでも資格職につきたいという情熱が消えない人であれば、いい資格職になれるような気がする。本書を踏み台に、ぜひ果敢にチャレンジしてみて欲しい。


日野瑛太郎
ブロガー、ソフトウェアエンジニア。経営者と従業員の両方を経験したことで日本の労働の矛盾に気づき、「脱社畜ブログ」を開設。現在も日本人の働き方に関する意見を発信し続けている。著書に『脱社畜の働き方』(技術評論社)、『あ、「やりがい」とかいらないんで、とりあえず残業代ください。』(東洋経済新報社)がある。