9月も中旬になると、つい先日までの暑さが嘘のように、朝夕の涼しさに秋の訪れを肌で感じる。心地よい秋風に吹かれながら街歩きを楽しむのには、とても良い季節だ。
今回は、初秋の神奈川県鎌倉市を歩いてみよう。今鎌倉で話題になっているグルメを楽しみながら、目指すは零(こぼ)れるように萩(はぎ)の花が咲く海蔵寺(かいぞうじ)だ。
駅西口でピッツァと自家製フレッシュチーズを
今回の散歩は、鎌倉駅西口からスタート。鶴岡八幡宮や小町通りがある東口と比べると、西口はどちらかというと地元の人が利用する店が多く、静かな雰囲気だ。
改札を出たら左手に進み、御成通り商店街に入っていく。不動産屋「明治地所」の前を右に入り、駐車場に沿って道なりに歩いて行くと、青い瓦屋根の民家風の建物が見えてくる。この店が、2015年4月に開店したピッツァレストラン「Latteria BeBe Kamakura(ラッテリア ベベ カマクラ)」(以下、BeBe)だ。地元の人を中心に「おいしい」と評判になっている。ちなみに「ラッテリア」とは牛乳やチーズなど乳製品を専門に扱う店のことで、イタリアではポピュラーな存在だ。
オーナーは兄弟で、兄の山崎健太郎さんはイタリア・ナポリでピッツァの修行を積み、弟の山崎大志郎さんはイタリア南部のプーリア州で特産のフレッシュチーズ作りの修行を積んだという本格派である。同店の一番の特徴は、フレッシュチーズをつくるチーズ工房がレストランのすぐ横に併設されていること。毎朝、新鮮なフレッシュチーズがこの工房で作られているのだ。
日本ではフレッシュチーズというと高級食材のイメージだが、南イタリアでは日常に根付いた食材。イタリアのマンマ(お母さん)たちは、日本で豆腐を買いに行くような感覚で、ボールを持ってラッテリアにチーズを買いに行くのだという。このようなチーズ文化を日本に紹介し、新鮮なチーズを日本の食卓でも味わってほしいというのが、「BeBe」のコンセプトでもある。そのため同店ではチーズの店頭販売も行っている。
今回は、店の看板メニューである「ナポリピッツァ」(850円~)と、南イタリア・プーリア州名産の「BURRATA(ブッラータ)」(イートイン・1,600円、テイクアウト・150g/880円)をいただいた。ブッラータとは、やわらかいチーズと生クリームを中に入れた巾着状のフレッシュチーズだ。同店のイートインの場合、生ハムやトマトなどとの盛り合わせで提供される。
ピッツァは少し小さめのサイズで食べやすく、生地の食感が素晴らしかった。もちろん、上質なチーズが使われているのも、おいしさの秘密であることはいうまでもない。
また、鮮度が重要なフレッシュチーズは、チーズ工房が併設された「BeBe」でなければ味わうことができない風味だ。新鮮なチーズが輸入品と比べて手頃な値段で手に入るのだから、人気が出るのもうなずける。
■information
Latteria BeBe
神奈川県鎌倉市御成町11-17
営業時間:11:00~22:00
定休日:月曜日
今小路でクルミ入りスモークチーズを食べ歩く
「BeBe」を出たら一度駅西口まで戻り、駅を背にして100mほど歩くと、スーパー「紀伊國屋」前の交差点に出る。ここを右折して、古くから「今小路(いまこうじ)」と呼ばれる道を歩いて行こう。何気ない道の名前に歴史を感じるのも、古都ならではというべきか。
今小路を400mほど歩くと、右手に手作りスモークチーズの店「北鎌倉燻煙(くんえん)工房」の看板が見えてくる。この場所は「北鎌倉」ではないが、北鎌倉のとある場所でスモークチーズ作りを始めたことからつけた名前だという。
同店の看板商品は、「クルミ入り手づくりスモークチーズ」(815円)だ。ワッフルのようなかわいらしい形と、クセのない食べやすい味で人気を博している。
実は、このチーズには誕生秘話がある。店のオーナーの島津さんは、以下のように語る。
「このチーズが生まれたのは、偶然のたまものです。友人からたくさんクルミをもらったので、家庭のパーティー用に作るチーズに入れてみたところ、これがおいしかった。それで商品化を考えました。形もいろいろ試し、現在のワッフル型に行き着きつくまで、商品開発に1年くらいかかりましたね」。
最初はインターネットのみで販売を始め、店舗は2014年の9月に開店。その後、わずかな間に評判が評判を呼び、最近はメディアでもたびたび紹介されるほどの人気ぶりに。2015年3月には1号店の「今小路店」に加え、鎌倉駅東口の市場に2号店となる「市場店」も出店した。
商品も、オリジナルのスモークチーズに加え、スモークナッツやスモーク醤油、スモーク醤油味のソフトクリームなど、スイーツにまでラインアップが広がっている。なお、同店の商品はテイクアウトもイートインも可能。今後が楽しみな鎌倉の店のひとつだ。
■information
北鎌倉燻煙工房 今小路店
神奈川県鎌倉市扇ガ谷1-14-5
営業時間:10時30分~16時30分ごろ
定休日:月・木曜日
山門前の萩が美しい海蔵寺へ
「北鎌倉燻煙工房」を後にしたら、海蔵寺を目指して歩いて行こう。しばらくは横須賀線の線路に沿うようにして歩くことになる。道沿いには、鎌倉五山第三位の寿福寺や、鎌倉で唯一残る尼寺の英勝寺のほか、『十六夜日記』の作者である阿仏尼(あぶつに)の墓などもあり、とても味わい深い。
途中から線路と離れ、谷戸(やと)の奥へと小道を進んで行く。谷戸とは、山の尾根と尾根にはさまれた山に抱かれたような土地のことで、鎌倉では寺院の境内になっていることが多い。
道は次第に細くなり、やがて、谷戸の奥にひっそりとたたずむような海蔵寺の門前にたどり着く。山門前の石段には、まるで流れ落ちる紫色の滝のように萩の花が零(こぼ)れ咲き、その優美さに思わず息をのまずにはいられなかった。
海蔵寺は、水にちなんだその名の通り、境内に池や井戸など豊かな水をたたえる寺だ。古来より水に恵まれない土地であった鎌倉で、質の良い水の湧く井戸は貴重な水源だったという。海蔵寺山門わきの「底脱の井(そこぬけのい)」は、"水戸黄門"として知られる水戸光圀が編纂(へんさん)した『新編鎌倉誌』で、「鎌倉十井(じっせい)」のひとつに選ばれた名水だ。
また、海蔵寺でぜひ見てほしいのが「十六の井」と呼ばれる不思議な形をした井戸。岩肌に掘られた横穴に、縦横4列づつ16の穴が並び、滾々(こんこん)と湧く清水をたたえている。誰が、何のためにこのようなものを作ったのか、謎に包まれたままなのだそうだ。
■information
海蔵寺
神奈川県鎌倉市扇ガ谷4-18-8
拝観時間:9時30分~16時00分
拝観料: 100円
涼風に吹かれながら巡る秋の鎌倉。今回は、手作りの味に舌鼓を打ちながら萩の美しい「海蔵寺」を目指す散歩道を紹介した。優美な自然も、おいしいグルメも、まとめて楽しめるのが鎌倉散歩の醍醐味(だいごみ)だ。
※記事中の情報は2015年8月時点のもの。価格は全て税別
著者プロフィール: 森川 孝郎(もりかわ たかお)
旅行コラムニスト。京都・奈良・鎌倉など歴史ある街を中心に撮影・取材を行い、「楽しいだけではなく上質な旅の情報」をメディアにて発信。観光庁が中心となって行っている外国人旅行者の訪日促進活動「ビジット・ジャパン・キャンペーン」の公式サイトにも寄稿している。鎌倉の観光情報は、自身で運営する「鎌倉紀行」で更新。