7月12日までの変則放送である『天皇の料理番』(TBS系)をのぞいて主要作品が全て終了した春ドラマ。4月上旬の段階では、「視聴率男のキムタク vs 堺雅人」と各メディアがあおっていたが、終わってみれば木村の『アイムホーム』(テレ朝系)が平均視聴率14.8%、最終回平均19%(瞬間最高24.5%)を記録し、堺の『Dr.倫太郎』(日本テレビ系)の同12.7%を上回り、健在ぶりを示した。

もちろん視聴率は指標の1つに過ぎないが、『アイムホーム』と木村拓哉には、内容そのものに対する称賛の声が目立つ。昨年のシリーズ第2弾『HERO』(フジ系)は別格として、2013年秋の『安堂ロイド』(TBS系)は平均視聴率12.8%で、内容の評価も芳しくなかったこともあって、「復活」の声も聞かれるほどだ。稀代の人気者ゆえ、何かと叩かれることの多い木村だが、今作は何がよかったのか? その理由を考えていく。

木村でなくても演じられる普通の役

ドラマ『アイムホーム』で家路久(木村拓哉)の妻・恵を演じた上戸彩

これまで検事、パイロット、アイスホッケー選手、レーサー、総理大臣、アンドロイドなど、特殊な職業の役を演じることの多かった木村だが、『アイムホーム』で演じたのは「元エリート」とはいえ会社員。単にこの変化だけでも、「変わった」「新境地」と言われるのは、木村の存在感が飛び抜けて大きいことの証ではないか。

当の木村は、「今までとやっていることは変わらない」と明言しているが、これは決して強がりではないだろう。テレビ朝日の連ドラ初主演だけに、これまでの作品と比べて演出面での変化は見えたが、木村本人の演技スタイルは変わっていない気がする。

言わば、「脚本も演出も木村をベースにして作られた役」から、「木村でなくても演じられる普通の役」に変わっただけなのではないか。これまでの作品では、「何をやっても木村拓哉にしか見えない」というアンチの声も多かったが、それは制作側が狙っているのだから当然の話。だから、それをしなかった『アイムホーム』に新鮮味を感じたのだ。

ところで今作は識者、ファンを問わず「木村が普通の役を演じている」「カッコ悪い姿が見られる」という声が多かったが、私の印象は"普通っぽい役"。「美人妻だけでなく若いOLや愛人からもモテて、キレイな家に住んでいて、いい同僚に恵まれて、料理上手」「悩みはあるけど、そこまで深刻に見えない」というもので、一般人から見たら贅沢すぎるくらいだ。

ただこれは、昨今シリアスすぎる作品が敬遠されがちなだけに、制作サイドが軽やかさを出し、抑えを効かせたのだと思われる。演出面での隠れたファインプレーかもしれない。

キムタクも「そして父になる」

また、視聴者の評判が良かったのは、木村の父親姿によるところが大きいのではないか。42歳の現在まで明快なパパ役がなかったのは不自然であり、演技の幅と好感度の面で損をしていたが、ようやく年相応のそれらを手にした。

木村は実生活でも2児の父親だけに、子役と絡む姿がオーバーラップしたのは私だけではないはずだ。視聴者はこれまでの「カッコよすぎるヒーロー像」と「子どもの話を一切しない」木村への違和感が薄れ、気持ちよく見られたのではないか。さらに、木村自身から見ても、実生活のパパ経験を演技に生かせるチャンスを得たのは大きい。

かつて『an・an』の「抱かれたい男ランキング」でトップを争った福山雅治が、いまだ独身であるにも関わらず、映画『そして父になる』で父親役を演じて2年弱。木村も今作で父親役のスタートを切ったのかもしれない。

ただ、『アイムホーム』でやや残念だったのは、会社など家の外でのエピソードが多く、妻役の上戸彩との絡みが少なかったこと。木村と上戸は初共演だったことに加え、希少な"夫"木村の演技をもっと見たかった気がする。今後は生活感むき出しで、真正面からぶつかり合うような夫婦役も見てみたいところだ。

事務所の後輩・嵐に見る時代の流れ

話は少し戻るが、『アイムホーム』で木村が"普通の男"を演じたのは、時代の流れによるところも大きかったのかもしれない。

そう感じた理由は、木村の後輩である嵐の絶対的な人気。個人スキルや個性で勝負し、芸能界を引っ張ってきたSMAPに対し、嵐は仲の良さや親近感などの普通っぽさを魅力にトップの座にのぼり詰めた。AKBなども含め、「手の届かないスーパースターよりも、手が届くかもしれない身近なタレントを求める」ムードがあり、それはドラマの世界でも同じ。特に男優が主演のドラマは、完全無欠のヒーローや、絶対に失敗しない天才などではなく、等身大で悩みやコンプレックスを抱えた主人公ばかりになっている。木村ほどのスターと言えども、「時代の流れには逆らえない」と舵を切ったのか、それとも『アイムホーム』はたまたまだったのか、次の連ドラ出演に注目が集まりそうだ。

ともあれ、来月には木村唯一のシリーズ作である映画版『HERO』の公開を控え、いい弾みがついたことは間違いないだろう。

■木村隆志
コラムニスト、テレビ・ドラマ解説者、タレントインタビュアー。1日のテレビ視聴は20時間(同時視聴含む)を超え、ドラマも毎クール全作品を視聴する重度のウォッチャー。雑誌やウェブにコラムを提供するほか、取材歴2000人超のタレント専門インタビュアーでもある。著書は『トップ・インタビュアーの聴き技84』など。