放送中のドラマ『心がポキッとね』でのキャラクターや演技が、「『ロングバケーション』のときから変わっていない」「トレンディドラマ時代を引きずっていて古い」などという厳しい声が上がっている山口智子。

しかし、ブランクがあるとは言え、数多くのヒットドラマで主演を張り、さまざまなキャラクターを演じてきただけに、あの演技は「演出意図を踏まえ、あえて行っているものではないか?」と感じるのも確かだ。また、ドラマとしても「心が病んでいる女性がこれからどう再生していくか」が見物だけに、終盤には別人のような演技を見せてくれそうな気もする。

ここでは山口の女優としての歴史を振り返りながら、「あの演技はあえてやっているのか?」検証していきたい。

女優の山口智子

キャンギャルから朝ドラ主演に抜てき

自然体の演技と丸顔のイメージからは、意外に思うかもしれないが、山口は身長170㎝のスラリとしたモデル体形。そのスタイルを生かして、1986年に東レ水着キャンペーンガールとしてデビューし、翌年にはアサヒビールの初代キャンペーンガールにも選ばれ、全国の居酒屋にポスターが貼られていた。

そして1988年の女優デビュー作は、朝ドラ『純ちゃんの応援歌』。いきなりヒロインに抜てきされ、旅館の若女将・純子役を若さとあふれる笑顔を武器に演じ抜いた。のちに夫となる唐沢寿明との共演はこのドラマであり、デビュー作での出会いが結婚につながったのは、いかにも一本木な性格で知られる彼女らしい。

女優2作目は、柴門ふみ原作の月9『同・級・生』。安田成美演じるヒロイン・ちなみの友人・優子役で、恋愛ドラマのメインキャストを務めた。その後、火曜サスペンス劇場『女動物医事件簿』シリーズなどの2時間ドラマで演技経験を重ね、転機となる作品に出会う。

それは1991年放送のジェットコースタードラマ『もう誰も愛さない』。演じたのは、人気絶頂だった吉田栄作の相手役であり、初回でいきなり強姦され、復讐に燃えるという難役。中盤で黒髪をバッサリ切ったショートカットと、真っ赤な口紅、汚い言葉づかいで視聴者の度肝を抜き、出産直後に死んでしまうラストシーンまで、壮絶な愛憎劇を演じ切った。

ここまでシリアスな役柄を演じられたのは、単発ドラマで地道に演技経験を重ねたからであり、この実績はその後の新たな魅力開花につながっていく。

"男に媚びない女"のイメージを確立

次の転機は、1993年の『ダブル・キッチン』で稀代の姑女優・野際陽子と共演したこと。パワフルな嫁姑バトルの中で見せた、感情をストレートに吐き出すキャラは、以降、山口の代名詞のようになった。

続いて1994年の『スウィート・ホーム』で再び野際陽子と共演。今度はお受験ママとカリスマ幼児教師という関係性だったが、悪妻をカラッと明るく演じたことで、コメディエンヌとしての地位を確立した。

さらに同年の『29歳のクリスマス』ではパブの店長、1995年の『王様のレストラン』では才能を宿すフレンチシェフと、"男性社会の中でもまれながら、たくましく働く女"としての姿を印象づける。このあたりから、"男に媚びない女"のイメージが定着し、女性ファンの比率が多くなっていった。

「恋愛モノ、お仕事モノ、家族モノも全てOK」「コメディもシリアスもこなす」女優として、"連ドラの女王""女性が最も好きな女優"と呼ばれるまで上り詰めた山口。そんな人気絶頂の1995年12月、彼女は唐沢寿明との結婚を発表して世間を驚かせた。

結婚を経て、「再び妻や母の役に挑戦するのか」と思いきや、彼女が次に演じたのは、婚約者に逃げられた元モデル・葉山南であり、その作品は木村拓哉の初主演連ドラ『ロングバケーション』だった。どんなに厳しい状況でも明るくサバサバした様子で切り抜ける一方、木村演じる瀬名秀俊とはケンカばかり。視聴者はそんな南を山口智子本人のように見つめ、2人の恋を心から応援していた。今思えば、それまで演じてきた役柄や、磨いたスキルの集大成だったように感じてしまう。

しかし、山口はこの大ヒット作を最後に、女優としての活動を中断。その姿はCMでしか見られなくなってしまった。

そして実に8年もの空白を経た2004年、年始特別ドラマ『向田邦子の恋文』へ出演。久々にも関わらず、大脚本家・向田邦子さんの秘められた恋や家族愛を情感たっぷりに演じ、「本人の生き写し」と絶賛された。「やっぱり山口智子はスゴイ」「もっと見たい!」という待望論もあったのだが……。

今後の女優活動は続行か、再び休業か?

かつてのような第一線での活動が期待される中、山口は再び女優業を停止。その姿はCMやBSなどでの紀行番組でしか見られなくなってしまった。

2012年に『ゴーイング マイ ホーム』で16年ぶりに連ドラ出演したが、これは本格復帰ではなく、是枝裕和監督の存在が大きい。世界的な名匠が初めて連ドラを手がけるためであり、ほとんど民放連ドラに出演しない阿部寛や宮崎あおいらも名を連ねていた。

そして、冒頭に挙げた『心がポキッとね』である。ここまで書いてきて感じるのは、「やはりあの演技は、山口の持つごく一部のスキルにすぎない」ということ。むしろ、時を経て似たテンションでの演技ができることに、女優としての底力を感じてしまう。

「50歳になった山口が女優業をどう考えているのか?」「出演作品をどんな基準で選んでいるのか?」はわからないし、次の出演作品も発表されていない。

これまで山口が担ってきたのは、主演かヒロインという大役ばかり。それほどの女優だけに、ここで振り返ったようなさまざまな役柄を演じ分けられるのは間違いない。今作の評判や結果に関わらず、「ブランクを空けることなく、ドラマ界を盛り上げてほしい」と切に願う。

■木村隆志
コラムニスト、テレビ・ドラマ解説者、タレントインタビュアー。1日のテレビ視聴は20時間(同時視聴含む)を超え、ドラマも毎クール全作品を視聴する重度のウォッチャー。雑誌やウェブにコラムを提供するほか、取材歴2000人超のタレント専門インタビュアーでもある。著書は『トップ・インタビュアーの聴き技84』など。