インターネット上にある情報の数は膨大だ。(実際にはそんなことはないのだが)ネットを使えば調べられないものなんてないんじゃないかと思うぐらい、ネットには何でも載っている。もっとも、こうやってネットに情報が「ある」こととそれを「調べることができる」ことには大きな乖離がある。いくらネットに情報があっても、それに辿りつく術がなければ何の意味もない。

ネットの情報は、基本的には能動的に探す必要がある。何かを知りたければ、自分で知りたい単語を検索エンジンに打ち込んで検索しなければ情報は入手できない。この場合、当然ながら「知らないことは検索できない」という制約に突き当たる。ネットは知識を深めることには強い力を発揮するが、思いもよらなかった知識を発見するのにはあまり向いてない。

Googleの検索アルゴリズムは優秀なので、最近は何かを検索すると「あなたが探したい情報はこれではないですか?」という形で関連情報も予測して提供してくれる。その点では、検索ワードを厳密に知っていなくても満足度の高い情報は手に入るといえる。しかし、これはあくまで自分の興味の延長線上にあるものを提供してくれているにすぎない。自分を変えるような情報に出会うためには、Googleのアルゴリズムでは到底予測できないキーワードを打ち込んで検索をする必要がある。

今回紹介する『弱いつながり』(東浩紀/幻冬舎/2014年7月/1,300円+税)は、Googleの予測できない言葉を手に入れる方法をテーマにした本だ。本書で提案されている新たな検索ワードをさがす手段は「旅」である。読むと無性に旅に出たくなる、そんな一冊だ

環境を意識的に変える

東浩紀『弱いつながり』(幻冬舎/2014年7月/1,300円+税)

なぜ「旅」に出ることが新しい検索ワードをさがすことにつながるのだろうか? これを理解するためには、まず僕たちが周囲の「環境」から日々影響を受けつづけ、その環境にかなり囚われていることに気づく必要がある。

僕たちの日々の行動や思考は、多分に環境の影響を受けている。自分の意志で行動していると自分では思っていたとしても、それは結局自分を取り巻く環境に影響されてそうなっただけかもしれない。ネットはさらにその傾向を強くする。SNSは自分を取り巻く人間関係をさらに強める方向に力を発揮し、Googleの検索エンジンはあなたが今の環境で快適に生活するのに必要な情報以外をノイズとして排除する。ネットを漫然と使えば使うほど、人は今の「環境」に囚われていく。

この連鎖を断ち切るためには、環境を意図的に変えることが必要だ。そのための一番よい方法は、旅に出ることである。旅は強制的にあなたを取り巻く環境を変えてくれる。そして、旅先にはGoogleが予測できない検索ワードがたくさん存在する。本書では「ケーララ」というインドの州を検索する例が出てくるが、この検索ワードを日本で家に閉じこもりネットだけやっていて打ち込む可能性はほとんどないだろう。旅に出ることで、人は自分の今までの環境に有意なノイズを入れ込むことができるのだ。

検索ワードをさがすには「普通の観光」でも大丈夫

「旅に出よう」という話を見ると、バックパックを背負ってヒッチハイクを駆使し、低予算で世界を放浪するようないわゆるバックパッカー的な旅行をイメージする人がいるかもしれない。こういう旅行が好きな人も少なくないとは思うが、中には気後れしてしまう人もいるだろう。僕自身もそのひとりで、どうしても安全面や体力が心配になり結局は旅行の妄想だけで終わってしまう。

本書で提案されている旅は、必ずしもこのような旅ではない。それよりもずっとハードルが低い「普通の観光」でも新しい検索ワードをさがすことはできる。実際、本書で出ている例の半分程度は著者の休暇中の家族旅行であり、他の例も決してハードルが高いものではない。このことは、僕たちを「とりあえずどこか旅行に出てみようか」なという気持ちにさせてくれる。

ネットをさらに効果的に使うための旅

本書はいわゆる「自分探し」の本ではない。自分探しを目的として旅に出る人は今も昔も少なくないが、本書で提案される旅でさがすものはあくまで「検索ワード」であって「自分」ではない。新しい検索ワードを手に入れたら、その単語を使ってさらにより深くネットに潜る。そういう意味では、本書はネットを今よりもさらに効果的に活用するための術を紹介した本だと言えるかもしれない。

本書では、ネットの特性として「自分が見たいと思っているものしか見ることができない」ということを挙げているが、これは思い当たるという人が多いのではないだろうか。SNSで繋がりたくない人がいるならブロックすればいいし、そもそも見たくないものは検索しないから視界に入ることもない。それはある意味では居心地がよいのかもしれないが、気づくと今の環境から身動きがとれなくなっている。こういう状態に閉塞感を感じたことがある人は、ぜひ本書を手にとって読んでみて欲しい。きっと旅に出てみようという気持ちになるに違いない。


日野瑛太郎
ブロガー、ソフトウェアエンジニア。経営者と従業員の両方を経験したことで日本の労働の矛盾に気づき、「脱社畜ブログ」を開設。現在も日本人の働き方に関する意見を発信し続けている。著書に『脱社畜の働き方』(技術評論社)、『あ、「やりがい」とかいらないんで、とりあえず残業代ください。』(東洋経済新報社)がある。