川上:漫画では誰かの真似をしていくうちに個性が出ると言いますが、真似しようとしても真似しきれないブレが個性なのかなと思います。

庵野:後は(既存の手法への)反発もあると思います。ここはこうやっているけど僕ならこうする、という。漫画も約束ごと、理屈がわかっていないと漫画も読めない。うちの親もコマの運びやフキダシの意味がわからないから読めない。ギザギザのフキダシは怒っているとか、雲のような形は台詞で音に出しているとか。

川上:情報量が多い方がいい場合、少ない方がいい場合とそれぞれあると思うんですが、庵野さんはどのようにコントロールしていますか?

庵野:お客さんに何を伝えたいのか。伝えたいものを誤魔化したい時は情報量を多くして全体を見てもらう。全体を見て「このカットすげえ!」となる。

川上:ひとつのカットに興味を引く要素を三つ入れる、と仰ってましたよね。

庵野:「日本アニメ(ーター)見本市」で鶴巻(和哉)がやっている映像(『I can Friday by day!』)が、情報量のコントロールのいい教科書だと思います。鶴巻は白っぽい背景が好きなので、あまり描きこまない。『フリクリ』の時もそうでしたが、背景の描き込みはあまり必要ないと考えている。キャラクターを見せるために、ここはどこですよ――部屋の中か、電車の中か、投稿中かという情報が最低限あればいいんです。

その中でキャラクターが可愛ければいい。頭の中にあるメカはCGでものすごく細かいハンドルのディテールまで描き込んでいます。カチッとしたところとぽわっとしたところを描き分けてみせるのも情報量のコントロールです。『エヴァ』も何もないところとすごい描き込みを使い分けています。

川上:CGアニメはどんどんリアルになっていて、情報量をコントロールしにくくなるのでは?

庵野:なっていますね。一番情報のコントロールが難しいのは実写です。実写をコントロールするなら舞台劇のようになる。演出する方からすれば、(情報の)ノイズを与えたくない時と、ノイズをばーっと入れてよくわからなくする時が両方あります。『新世紀エヴァンゲリオン』では、声という最低限の情報を中心に映像が作りたかった。

16話のシンジともう一人のシンジの会話とか、声以外の情報量を最低にしたかったんです。当時はまだフィルムだったので、アフレコの時に画がないとマーカーでフィルムに線を引く。赤い線の時はシンジが話してください、青い線の時はレイ、黒い線の時はミサトが話してください――というように。波が出ている時はわーと叫ぶとか、線が途切れたらブレスや間を入れる。あれはすごい技術だったんですが、本当に白に黒い線があるだけなんです。線だけが一番シンプルでアニメっぽくいいやって。ポジでやっていたので、どうネガで再現するかが大変でした。

川上:情報量のコントロールという意味では、今実写でもアニメでも細かい、リアルな方が売れたりしますよね。

庵野:そういう風潮はありますね。描き込んでいる方がいいという風潮。でもそういうものだけではない。

川上:鈴木さんが言っていた「高そうなものを人が欲しがる」というのがユーザーにとって重要なのかなと。

『宇宙戦艦ヤマト』と『超時空要塞マクロス』

庵野:アニメで描き込みが流行ったのは80年代で、『宇宙戦艦ヤマト』のそこにしびれたんです。ものすごい分量の線で描いている。

氷川:主役のヤマトの第一艦橋の構造物とか、主砲の描き込みとかね。単なる線ではなく複雑なものが複雑に動いている。

庵野:あのオープニングのカットで一生ついていこうと思いました。『ヤマト』までは線をどうシンプルにするか、だったんですね。

氷川:次に線を増やしたのは『超時空要塞マクロス』じゃないですか?

庵野:『マクロス』ですね。『マクロス』の時は線を増やすことが楽しかった。動画仕上げの人は大変だったと思います。あの頃は、喜んでディテールを描いていました。ディテールを増やしたのは板野(一郎)さんだと思います、『機動戦士ガンダム』の一本目の映画とか。

氷川:パネルラインであるとかマーキングであるとかを増やしていきましたね。

庵野:モニターのデザインとかですね。

氷川:僕自身1984年の『愛・おぼえていますか』の頃、初めて情報量という表現を聞きました。当時描き込みが多いことの表現を他に知らなかったので、情報量が多い、情報量が多いと言っていました。

庵野:あの時、河森(正治)さんは線を増やすのが好きでしたね。

氷川:当時は情報量と言えば線の数だった。

庵野:線ですね。線と影です。

氷川:情報量の増加にはスタジオぬえという文化が大きく関わっているんですね。

庵野:そうですね。後は、影を増やしたのは安彦(良和)さんだと思います。『機動戦士ガンダム』の劇場版でいわゆる二段影、三段影というものですね。