勝負に臨むプロ棋士と戦いの展望

「将棋電王戦FINAL」の出場プロ棋士は、これまでの大会とは大きく異なる。第2回、第3回の出場棋士は、バリエーションに富んだ布陣だった。プロデビュー間もない新人棋士もいれば、中堅・ベテランもいて、トッププロもいた。しかし、今回は年齢は20代~30代前半まで。全員が将来を期待される存在で、対コンピューター適性が高いと思われる棋士ばかりである。まずは、その期待の棋士たちを紹介する。

第1局 ▲斎藤慎太郎五段-△Apery(開発者・平岡拓也)

斎藤慎太郎五段は1993年4月生まれの21歳。関西所属の若手俊英だ。2012年に18歳でプロ入りすると、初参加の順位戦(年間を通して行われる重要な棋戦のひとつ)でいきなり昇級を果たしている。これは通称「1期抜け」と呼ばれる快挙で、その実力を物語っている。詰め将棋の愛好家としても有名で、その解答能力はプロの中でも抜きんでており、つまり読みの速さや深さ、正確さが優れているということ。

対コンピュータ戦では、正確な読みでミスの少ない戦いをすれば中盤戦で優勢に持ち込みやすくなるだろう。また、読みの速さは終盤で時間に追われることになった場合に活きてくる。これに若さも加味すると、今回の出場棋士中で最も対コンピュータ戦の適性があると言えるかもしれない。不安材料を挙げるとすれば、若さゆえに大舞台の経験がないため、多くのマスコミが集まり注目を受ける中で、普段の実力を出し切れるかどうかという点だ。

第2局 △永瀬拓矢六段-▲Selene(開発者・西海枝昌彦)

永瀬拓矢六段は1992年9月生まれの22歳。関東所属で、先鋒を務める斎藤五段と1歳違いの若手俊英だ。まだプロ入りから5年目だが、すでに新人戦と加古川青流戦という若手を対象とした棋戦で優勝している。また、全棋士参加棋戦の棋王戦でも挑戦者決定戦(タイトル挑戦の一歩手前)に進出した経験があり実績は十分。周囲の期待も大きく、前回の電王戦で言えば、第3局で勝利を挙げた豊島将之七段を少し若くしたようなイメージの棋士である。

永瀬六段は研究の広さと深さで、プロ間でも一目も二目も置かれる存在だ。戦型の好き嫌いもなく、どんな戦法でも優秀だと思えば徹底的に研究して最新の戦いをリードする存在にまでなってしまう。対戦相手の将棋ソフトを一定期間研究できるというルールの電王戦では、永瀬六段の研究力が生きてくることは間違いない。ただ、今回は後手番であるということがどうでるか。将棋は先手番のほうが作戦選択の主導権を握りやすく研究も生かしやすい。永瀬六段の想定した局面に持ち込めるかどうかがカギになりそうだ。

第3局 ▲稲葉陽七段-△やねうら王(開発者・磯崎元洋)

稲葉陽七段は1988年8月生まれの26歳。関西所属で「第2回将棋電王戦」に出場した船江恒平五段、そして前回出場の菅井竜也五段と同じ井上慶太九段を師匠に持つ兄弟弟子だ。井上門下の中で最初にプロになったのが稲葉七段であり、出世頭でもある。船江五段、菅井五段の敵をを打つため、ついに最後の切り札が登場したのだ。

関西人の稲葉七段は明るい人柄で冗談も言うが、性格的にはクールで沈着冷静なタイプ。一方で将棋のほうは意外に激しく、熱い戦いを見せる。クールさと熱さが両立しているところが稲葉将棋の魅力と言える。対コンピュータ戦では、大舞台で熱さとクールさの絶妙なバランスを保てるかどうかがポイントになるだろう。

第4局 △村山慈明七段-▲ponanza(開発者・山本一成)

村山慈明七段は1984年5月生まれの30歳。将棋界には「序盤は村山に聞け」という格言があるほどの定跡通の研究家として知られた存在。順位戦のクラスは上から2番目のB級1組所属で、トッププロへの階段を着実に登っている実力派である。タイプとしては「第2回将棋電王戦」に出場した三浦弘行九段(当時八段)に近いだろう。

30歳という年齢は棋士がもっとも脂の乗る時期であり、将棋界のトップクラスの研究家がコンピュータを相手にどんな戦いを見せるのか、将棋関係者の間でも期待値が高い。計算され尽くした完璧な戦いを得意とする村山七段の不安な材料を挙げるとすれば、終盤で時間に追い込まれることだろう。相手のponanzaは早い段階から定跡を外しに来ることが予想されるソフトなので、序中盤で時間を使い過ぎずに、かつ有利な態勢で終盤に持ち込めるかどうかがカギだ。

第5局 ▲阿久津主税八段△AWAKE(開発者・巨瀬亮一)

阿久津主税八段は1982年6月生まれの32歳。竜王戦(将棋界最高峰の棋戦)は最上位の1組所属、順位戦は今期残念ながら降級してしまったが、最高位のA級に所属していたトップクラスの棋士だ。阿久津八段は、ここまでに紹介してきた棋士たちとは毛色が異なる。他の棋士たちを秀才タイプの俊英とすれば、阿久津八段は天才肌の鬼才なのだ。鬼才といっても、奇をてらった変わった将棋を指すわけではない。至極まっとうな将棋の中に、天才的なきらめきを見せる。

阿久津八段は「研究なんてまったくしてませんよ」という顔をして、よく仲間と遊び歩いているイメージがある。だが、それだけでトップクラスに登りつめられるほど棋士の世界は甘くない。実際は努力している姿を人に見せないだけであり、ある意味とてもシャイな棋士なのだ。そんな阿久津八段には対コンピュータ戦の対策という言葉は似合わない。この大舞台で、持ち前の天才性が発揮されることを祈るばかりだ。