『美の宿るところ』著者のヘア・メイクアップアーティスト、藤原美智子さん

ヘア・メイクアップアーティストの第一人者である藤原美智子さんがこのほど、美の心得を説くエッセイ『美の宿るところ』(幻冬舎)を上梓した。「過去の"自分のベスト"に執着しない」という藤原さんに、いつまでも進化していくためのヒントを聞いた。

――この本には、「生き生きした瞳」や「素直さ」「選択」など、さまざまなものに「美」が宿ると書かれています。もしその続きを書くとしたら、何に宿ると書かれますか?

「幸福」でしょうか。幸福力をあげるというテーマで書きたいですね。以前、セロトニン科学の第一人者の方と対談したときに、我々って幸せを心の問題だと思っているけど、脳をコントロールするとそれだけで幸福力ができちゃうんですよっていう話を聞いたんです。セロトニンがちゃんと出て、ノルアドレナリン、ドーパミンとのバランスがとれていれば、もっともっとほしいってドーパミン出過ぎることも、ノルアドレナリンが出過ぎて攻撃的になることもないんですよ。

私は瞑想もしているんですけど、瞑想の先生にも「心なんて大したことないのよ、心に踊らされるんじゃなくて、心をコントロールしなくちゃね」って言われました。そういえば、朝型生活を続けるうちに、だんだんと肌も考え方も変わってきて。それはセロトニンの神経が活発化してくるから幸福感が出てきてたんだなって思い当たりました。

人間って実は思っているよりもプリミティブで、朝日を浴びたりするだけで頑張らなくても幸せな気持ちが出てくるんです。幸福感があると幸福な人と出会えるし、相手のことも幸せにしてあげられる。そうすると相手も自分を幸せにしてくれると思うんですね。

――確かに幸福感が少ないと、どうしても相手に対する期待値が高くなっちゃうこともありますよね。

昔は「あの人は私を幸せにしてくれない」と思っていたこともあったけど、相手にしてもらおうとしてもなかなかうまくいかないもんですよね。大人は、まずは自分で自分を幸せにする。そうしたら人からも幸せをもらえるようになるんだと思うんです。

――ただ、人に無条件に与えすぎていると、相手がそれを当たり前だと思うようになったりというケースも考えられるんですが……。

そうなんですよね。「いい人」と、「いい人間」っていうのは違うと思うんです。自分はこうしたいということに正直でいればストレスもたまらない。でも相手にあわせて「やってあげる」と行動しているとストレスもたまるし「都合のいい人」になっちゃうことは多いですよね。もちろん、心から相手にやってあげたいという気持ちがあって、それが幸せという人はそれでいいんですけどね(笑)。

――本の中には、ご自身の結婚のことも書かれていましたが、具体的にはどんな出会いだったんですか?

最初は友達が開いたパーティで会って、後日その友達を通じてお食事でもしましょうっていうことになったんですけど、その日が近づいたら用事ができてキャンセルになってしまったんですね。それで縁がなかったかなと思ったんですけど、また別のパーティで再会して、それでキャンセルの理由を聞いたら、なんと救急車で運ばれて入院していたっていうんですよ。それからも、またお食事しましょうってことになり、でも、私が忙しかったので、一カ月後に会って、また一カ月後に会ってと、その繰り返しで距離が縮まりました。

――普通、タイミングが合うっていうと、すごくトントンと進むのかと思うんですが、ゆっくりとタイミングが合うというケースもあるんですね。

普通、一カ月後に会いましょうなんていうと脈がないのかなって思われてしまうでしょ? それでもあきらめないでもらえてありがたいです。それ以前に、48歳の時に生活を楽しんでもいい頃かなって思って結婚を考え始めていたので、そのタイミングで出会えたのがよかったですね。時期がずれていたらまた違っていたかもしれないですね。それに仕事も生活も大事にしたいと思っていたけど、そういう考えを尊重してくれる人だったからというのも大きいですね。

――尊重してくれる人って貴重な気もします。

自分の場合は、母が美容室を、父も薬局をやっていて、女性がやりたいことをやることが普通の環境だったので、そこを尊重してくれない男性を好きになることが想像もつかなかったし、そうじゃない人に出会っても恋愛対象にはならなかったんですよね。でも、それも結局は自分次第かもしれないですね。

『美の宿るところ』(幻冬舎/藤原美智子 著/税別1,300円)

――本の中には、「自分のベストに執着しない」という言葉が書かれています。そうするためにはどうしたらいいでしょうか。

私も、今が最高だと思っていたときもありました。でも、今が最高って思うのは、まだまだこれから起こるいろんなことを知らないから。例えば、採用で面接するとき、「今、どれくらいのことができますか?」って聞くんです。すると「なんでもできます!」っていう人と、「まだまだダメです」という人がいるんですね。後者の人に会うと、「大丈夫、この人はどんどん伸びていくな」と思いますね。世の中にはもっとすごい人がいる、自分の知らない世界があると思うと謙虚になれるし、だからこそちゃんと吸収しようという力が出てくるんですね。

――ベストにとどまってしまう人といつまでも進化している人の違いってどういうところにあると思われますか?

本の中に「メビウスの帯」って書いたんですけど、止まるとその帯から外れてしまうんですね。「最高であった自分」にしがみついてるとそこで止まってしまいますよね。よく「変わらない人」っていますけど、実は「変わらない人」ってちょっとずつ変わっているから変わらないように見えるんです。悪くなったら反省すればいいし、今の自分にあった仕事、服、趣味をそのときどきで見つけていけばいいと思うんです。

――とはいえ、なかなか見つけられない人はどうしたらいいでしょうか。

シンプルに考えるといいと思うんです。何をしたときに楽しいか、どうしたら楽しくなるかを考えてみる。たとえば私の場合は断舎離をしているときが楽しいんです。雑誌をスキャンしたり、部屋を片づけたりする中で、今はこれが大事、これはいらないって明確になっていくと、どんどんシンプルになっているのを感じて。理想としては、どんどん余計なものをとっていって、飛べるくらい軽やかになりたいと思ってるんですよ(笑)。

――書くことも、整理することにつながってそうですね。

書くことで客観的になるので、本を書ける機会があるということは幸せだなって思います。あとがきにも「若い人に示唆どころか自分自身のために、この連載に向き合っていたと言っていいだろう」って書いたくらいで。今も人生相談の連載をしていますが、相談されたり、テーマをもらったりすることで刺激を受けて、自分でも考えてなかったようなことが導き出されることもあって、ありがたいなと思いますね。

――年齢を重ねることが想像できない人に、「メビウスの帯」に入るかをアドバイスするとどういうことがありますか?

私も20代のころって、今がいいと思ったし、年齢を重ねると体力も落ちてくるだろうから、違う仕事をしようかと思っていたこともあるんですね。でも、30歳くらいになったら、自分に合う仕事がくるようになってきて、前よりも疲れなくなってきたんです。

人間、肉体的なことよりも精神的なほうが疲れに出ちゃうものなんですよね。だから気持ちが楽になれるように、自分をコントロールしていくことも大事だと思うんです。そのためには、自分で自分を認められるようにすることも大事だと思います。周囲に合わせるだけじゃなくて、私はこういうことが好きなんです、と言ってそれを少しずつ確立していく。

それは、仕事だけじゃなくって、結婚する相手でもそうですよね。自分らしく、無理しないでやっていると、そんな自分を好きだって言ってくれる人が現れるはず。それが本当の幸せにつながると思います。

――自分らしさを出す中で、大変なことってなかったですか?

同性ばかりの中で仕事をするときは、嫌われると大変だと思って、合わせることを重要視しがちだけれど、私の場合はそれよりも、テクニックを身に着けることが一番だと思いました。実力があれば認めてもらえるし、またメイクしてほしいって言ってもらえる。仕事相手が男性の場合はさらに実力が必要。なかなか認めたがりませんからね、男性は(笑)。男性も女性も実力があると認めてくれるもんなんですね。実力をつけると、みんなに引かれるかもなんて自分にふたをするのはもったいない。そんなこと気にしないでポンって上にいったらいいじゃないって思います。