「好きなひとが、できました」。糸井重里さんのこのキャッチコピーにやられた人も多いはず。そして、「いつか私の前にも聖司君が……」などと夢を抱いていた女子も少なくないだろう。スタジオジブリが1995年に世に出した「耳をすませば」である。そして、その風景は聖蹟桜ヶ丘(東京都多摩市)をモチーフにしていることも有名な話だ。
だが、筆者は思った。聖司が雫に言った「お前を乗せて坂道登るって決めたんだ」という坂も、本当にあるのだろうか。そして、本当に人を乗せて登りきれる坂なのか。実際に検証してみることにした。
「青春のポスト」があなたの青春を見守る
京王電鉄聖蹟桜ヶ丘駅までは新宿から30分程度。駅の電車接近メロディーは映画の主題歌「カントリー・ロード」だ。駅のそばにはショッピングセンター「せいせき」などがあり、東京のベッドタウンとしてにぎやかな町並みが広がっている。映画「耳をすませば」の舞台は、図書館と聖司のおじいちゃんが営む「地球屋」などがある「杉の宮駅」と、雫の団地がある「向原駅」がメインだが、その主要ポイントは聖蹟桜ヶ丘周辺の風景から想起することができる。
実際に聖蹟桜ヶ丘駅の西口広場には、「耳をすませば モデル地案内マップ」の看板と映画ファンと地元の有志が設置した「青春のポスト」がある。さらに、その上の階にあたる京王ストア2階の前にはスタンプラリーができる案内マップがあり、誰でも自由に持ち帰ることができる。
この「青春のポスト」は2010年に設置されたもので、デザインは地球屋が元になっており、屋根の猫や壁に寄り添った自転車などにもファンの想いが詰まっている。ただし、ポストに投函したものは、実際には郵送されない。自分の夢や目標を記して投函し、その夢が叶ったらその報告をつづってまた投函しに訪れてほしいというもので、聖司と雫同様、"あなたの青春を見守る"というもののようだ。
坂やロータリーは実在する!
映画では北口から図書館に続くが、実際は西口からスタート。映画公開当時と今とでは街の風景が違うが、雫が猫のムーンを追いかけた交差点や橋、坂道は今も変わらない。この橋は霞ヶ関橋といい、その下には大栗川が流れている。なお、駅から始まるスタンプラリーの2カ所目は、霞ヶ関橋に続く通りに面するファミリーマート。ひょっとしたら、映画で雫が友達の夕子との待ち合わせに使っていたのもファミリーマートだったのと関係があるのかもしれない。
そして、図書館に続く坂道はいろは坂という。実際のいろは坂も映画と同様、くねくねと続いており、その間には階段が設けられている。脇の松の木も含めて、雫が地球屋に向かう時に通った階段と一致している。ただし、この場所に図書館はない。ここにあるのはいろは坂桜公園だが、図書館の風景同様、街を一望できる視界の開けた空間が広がっている。
ムーンを追いかけていた雫がたどり着くロータリーも、いろは坂を登りきったところにちゃんとある。実際はこのロータリーに地球屋はないが、代わってあるのが洋菓子 自家製造「ノア」で、3カ所目(最後)のスタンプラリーのポイントになっている。お店の扉を開けると流れてくるのは「カントリー・ロード」。店頭で出迎えてくれるのは地球屋のバロン。その横にはバロンの連れのルイーゼもいる。
ノアには「耳をすませば」ゆかりのクッキー「ロータリークッキー」(税込720円)のほか、「耳すま思い出ノート」がある。「耳すま思い出ノート」はもともと、映画の最後で聖司と雫が訪れた"秘密の場所"のモデルとされている丘(通称、耳丘)にあったようだが、ノアに場所を移し、現在では37冊目になっている。ノートには映画への想いをつづったメッセージがぎっしり書かれており、何度も来訪する人のほか、遠方から訪れた人も少なくないことがうかがえた。
なお、公園とロータリーの間には、同級生の杉村が雫に告白した神社のモデルとなった金比羅神社もある。映画ではここで杉村は振られてしまうのだが、金比羅神社には「恋おみくじ機」が設置されている。大吉から凶までを記した普通のおみくじとはちょっと違う言葉が書かれているようなので、気になる人はぜひ、自分の恋の行方を占ってみよう。
配水塔に夕子が泣いた公園も
ロータリーはこの周辺で一番高いところにあり、周辺を見下ろすことができるのだが、ロータリーから南西を見ると白い配水塔が見えてくる。映画の冒頭辺りの雫が住む団地のシーンには、この白い配水塔も登場する。実際、白い配水塔の周辺は愛宕団地が広がっており、杉村のことで悩む夕子が雫を呼び出した公園も、団地の周りに点在している。
そして、先にも触れたように、この聖蹟桜ヶ丘には最後のシーンである"秘密の場所"に似た丘がある。ただ、この辺りは特に住宅が密集しているため、映画と同じ風景を望むのは難しいようだ。今までのスポットもそうだが、スポットめぐりに熱を出しすぎて周辺住人に迷惑をかけることがないよう、特に気をつけていただきたい。
青春の坂は目には見えない!?
さて、冒頭で提議した、「お前を乗せて坂道登るって決めたんだ」という坂は本当にあるのか? である。筆者が自転車に取り付けたサイクルコンピューターで計測したところ、駅から公園(映画では図書館)に続くいろは坂は最大で11%程度の傾斜であった。
確かにこの坂を雫を乗せて登るのは厳しいだろう。実際、いろは坂ではロードバイク乗りの姿をよく見かけたが、坂の長さや傾斜的にもトレーニングにいいのかもしれない。とは言え、映画のシーンを見返してみるとどうもいろは坂とは景色が違う。
愛宕団地や丘周辺は比較的短い坂がいくつもあるが、計測したところあっても8%程度だった。映画のシーンを見る限り、あの坂は軽く10%を越える傾斜だろうが、なかなかそれらしい坂が見つからない。もっと探せば実際はあるのかもしれないが、「2人で困難にも立ち向かいたい」という想いがあの坂の傾斜を高く見せていた、というところで締めくくってもいいのかもと思った。
ちなみに、ロータリーには地球屋はないが、そのモデルとされる場所はある。「邪宗門」という喫茶店なのだが、残念ながら2012年に閉店している。モデルとなったのは外観というよりも内観のようで、店内のインテリアやアンティークな雰囲気などに地球屋を想起することができたとか。
「耳をすませば」は2015年で放映から20周年を迎えるが、今でもモデル地巡りをする人は絶えない。筆者は自転車で巡ったが、徒歩でも行ける場所である。むしろ、坂が多いので徒歩の方が楽しく巡れるかもしれない。これから行ってみようという人は、その前に再度、「耳をすませば」であの頃のときめきを思い出してから向かっていただきたい。
※記事中の情報・価格は2014年10月取材時のもの