パイロットのフライトタイムは航空法で定められており、ANAでは月60~70時間を目安にしている。国内線・国際線で1日のフライト数は違い、また、地上職を兼務しているパイロットもいる。そこで、ANA・ボーイング767機長の道廣直幹さん(入社歴22年)に、外からはなかなか見えないパイロット業務を教えていただいた。
今日のパイロットはiPadを常備
空港でパイロットを見かけた時、カバンの大きさが気になった人もいるのではないだろうか。実際、その重さは10kg弱だという。
道廣機長に、特別にカバンの中を見せていただいたところ、中には「ROUTE MANUAL」と書かれた厚さ5cm以上にもなるマニュアルや、機体のマニュアルのほか、空港の離発着方式地図、故障があった時の対応マニュアルなどの資料が収められていた。
その資料と共にあったのがiPadであり、ANAグループは2012年より、CAに続いてパイロットにもひとり1台iPadを配布している。これは、安心・快適なフライト情報の提供と運航業務の効率化、燃料コスト削減などを目指して導入されたもので、今後、冊子などのマニュアルはiPadに集約していくという。
そのほか、航空身体検査証明書や定期運送用操縦士技能証明書(機長のライセンス)、技能証明書(操縦する機体のライセンス)、無線従事者免許証、外部点検用のフラッシュライト、管制官と交信するヘッドセット、手袋、サングラスなどを常備している。
また、国際線の場合は航空英語能力証明も必要となる。加えて、パイロットやCAなどの乗務員が、専用のレーンで出入国審査や保安検査を受けている姿を見たことがある人もいるだろうが、乗務員ももちろんパスポートが必要だ。ただ、一般の乗客とは違い、パスポートにスタンプを押して管理しているのはごく一部の国で、乗務員の場合は通常、電子管理されている。
監視と確認を繰り返し、いざという時にも対応
パイロットの仕事場はコックピットの中だけではない。フライトの前には路線や空港情報などの確認を行い、運航阻害要因やその対応を想定しておく。また当日も、最新の空路情報や目的地の空港の状況、気象情報などを確認し、出発前には機長と副操縦士とで、乗務する機体の機外と操縦席をチェックする。
乗客の搭乗前には客室乗務員(CA)とブリーフィングを行い、乗客のボーディングを含め全ての準備が整ったらテイクオフ。国内線と短・中距離の国際線では機長1名と副操縦士1名の2名体制だが、長距離の国際線では機長2名と副操縦士1名の3名が交代しながら運航している。飛行機の運航はほとんどオートメーション化されていると認識されがちだが、実際は人が介在する業務は多いと道廣機長は言う。
「基本はパイロットが操縦しています。コンピューターの監視はもちろん、ルートの適正性や残燃料のチェックのほか、管制官との交信も定期的に行っています。また、国際線であれば、国によってルールが異なるのでその確認も必要です。万一、洋上でシステムが壊れたなどのトラブルがあった場合、近くの空港の位置を確認し、その状況で最適な対応が求められます」。
機長と副操縦士は別の種類の機内食を食べる、ということを聞いたことがある人もいるだろうが、これは特に規定されたルールではなく、リスクを回避するための日常的な行動だという。ちなみに、コックピットの中にはトイレがないため、パイロットは乗客と同じトイレを使用している。CAと違い滅多にその姿を見ることがないパイロットだが、唯一のチャンスはこのトイレタイムかもしれない。目的地に着いたらフライトに異常はなかったかを確認し、また次のフライトの準備を行う。そうした業務を繰り返しているのだ。
ちなみに、操縦する機体を自分で選択することはできないため、もし、憧れの機体があったとしても、必ずしもその機体を操縦できるということではない。道廣機長曰く、「新しいという意味でボーイング787を操縦してみたいという気持ちはありますが、私は767から747を経て、今また767に戻ってきたので、特に767には強い思い入れがありますね。それぞれ好きな機体はあると思いますが、結局、自分が操縦する機体をみんな好きになっていくんだと思います」とのことだ。
パイロットの約1割は地上職を兼務
こうした乗務のみならず、地上職を兼務しているパイロットもいる。例えば、ANAでボーイング767を操縦するパイロットは500名程度いるが、その1割程度は地上職を兼務しており、道廣機長も現在、広報部の業務を兼務している。パイロットの地上職としては、安全に関するデータを解析するようなグループ総合安全推進室や、顧客満足のための取り組み・企画をするCS推進部などがあり、また、人事部でパイロットの採用に携わることもある。
「パイロットになるような人は99.9999……%、フライトが大好きな人間なので、自分から地上職を希望する人は少ないかもしれません。ですが、お客様からの問い合わせもそうですし、パイロット用訓練シラバスの作成やメーカーとのやりとりなどの専門的な分野は、パイロットでないと分からないことも多いと思います」。
また、パイロットはフライトシミュレーターを用いた訓練を定期的に行っている。こうしてみると、パイロットはコックピット以外を仕事場にする機会も多いことが分かる。