「パイロット」。この言葉からすでに、「憧れ」「かっこいい」「華やか」などとイメージを膨らませる人もいるだろう。大空を駆ける飛行機をその手で操り、多くの乗客を安全で快適な空の旅に導くのがパイロットなのだが、乗務員を統括する機長になるまでには様々な行程がある。そこで今回、ANA・ボーイング767機長の道廣直幹さん(入社歴22年)に話をうかがった。
女性パイロットも採用
そもそも、どうすればパイロットになれるのか。ANAでは新卒・既卒採用で「自社養成パイロット」枠を設けており、能力や身体的な適正を審査している。なお、パイロットは視力も重要視されるが、ANAでは各眼の矯正視力が1.0以上であること(裸眼視力の条件はない)、各眼の屈折率が-4.5~+3.5ジオプトリー内であること(※オルソケラトロジーを受けていないこと)を身体的条件にしている。
2015年採用では選考は5回に渡り、その内容はエントリーシートや面接、航空適性検査(初期検査とシミュレーター)、心理検査、航空身体検査、英語コミュニケーションテストというものだった。また、性別を問わず募集していており、2,000名以上いるパイロットの中には、女性のパイロットが30名程度という。
女性パイロットについて道廣機長にうかがったところ、「女性だからといって特別視することはないです。同じ難関をくぐり抜けてきた者として、男性の仲間と同様に接しています。むしろ、芯の強い女性が多いと思います」ということだった。2013年に放送されたドラマ「ミス・パイロット」の影響で、女性パイロットは新しい存在に感じるかもしれないが、ANAでは10年以上前から女性の採用も行っている。
乗務まででも5年の訓練が必要
自社養成パイロットとして採用されても操縦席はまだ遠い。はじめは操縦士訓練生として、地上職勤務を1~2年、副操縦士昇格訓練を約27~30カ月行う。つまり、次のステージである副操縦士になるまで大体5年かかることになる。社内では、操縦士訓練生=パイロット訓練生を略して「P訓」と呼んでいるらしい。
地上職では旅客ハンドリング部門や営業、整備部門などに配置され、各部門・グループ各社との協働・連携を通じて、エアラインビジネスの成り立ちを学ぶ。その後の副操縦士昇格訓練では、国内だけでなくドイツやアメリカなどでも訓練を行い、MPL(准定期運送用操縦士)の習得を目指す。習得後、副操縦士として必要な能力の総仕上げが終われば、いよいよ乗務が始まる。
ANAのパイロットとすれ違うことがあれば、その両肩に注目していただきたい。金色に輝く肩章は、3本ラインが副操縦士、4本ラインが機長の証しである。コックピットの左席に座る機長はいわば機内の総責任者であり、右席に座る副操縦士は機長の補佐をするというスタンスだ。
パイロットは特定の1機種を専属で操縦するのだが、ANAでは機長になるまでの間に、副操縦士昇格の時とは別の機種に、2機種目の副操縦士として乗務することになる。1機種目副操縦士から2機種目副操縦士、そして機長になるまでは約10年経験と訓練が必要になるため、トータルすると機長になるには入社してから15年かかることになる。
機長としての初フライトは忘れられないもの
そうした経験を経て、乗務暦17年目を迎えた道廣機長に、今までで一番印象深いフライトをうかがったところ、答えは「機長として初めてのフライト」ということだった。
「2008年の9月ですかね。東京ー松山、松山ー東京のフライトだったのですが、全責任を背負って操縦席に座る緊張はものすごいものでした。その達成感も今までにないものでしたので、仕事終わりのビールのおいしさって言ったら、もう……」。
なお、機長になった以降も、航空法で定められた資格維持の審査が半年に1回、国やANAで定めた身体検査が各年1回あるなど、定期的に様々な審査・検査を受けなければいけない。また、安全に乗務を遂行するためにも、常に体調管理を意識しているという。その意味で、積極的に休養をとることも重要である。
パイロットたちは機長を目指して日々努力をしているのだが、道廣機長曰く、「機長は目指すものであってもゴールではない」という。インタビューの合間、逆に「飛行機ってどうですか? 恐いですか?」と道廣機長に質問をされたが、そこには「みんなが安心することのできる空の旅を提供したい」という想いが込められているように感じた。日々、大きな責任を感じながら乗務に携わっている機長の姿が、透けて見えたような言葉だった。