Zenは右下の白を殺しにかかる

平田三段の八手目に対し、Zenは七手目の黒から左に一つ石を連結させることで、七手目の黒を守りながら包囲網を着々と完成させていく。せっかく連結させて取られにくくした白石だが、このままでは近い将来、まとめて取られてしまうだろう。

平田三段が右下の戦場から離れた

ここで平田三段が戦場から少し離れた左サイドに十手目を放った。一見すると右下の白石を生かすのをあきらめたかのように思える一手だが、実はここに囲碁というゲームの奥深さがあるのだ。

白の意図を、少し巻き戻して説明しよう。

侵入したものの、生き延びるのは難しい

そもそも、白が右下に放った六手目。パッと見は黒の陣地を壊そうと突っ込んだように見えるが、すでに黒だらけになっている右下で生き延びるのは至難の業である。おそらくこのままがんばっても、右下の白は死んでしまう可能性が高い。

しかし、白としてはそれでもいいのである。白の本当の狙いは、右下の白石を生かすことではないからだ。

黒が攻撃してくることは、当然平田三段は予想済み

右下に入ってきた白に対して、黒は攻撃を仕掛けた。「右下の白を殺す」という戦略をとったことを意思表明したわけだ。白が欲しかったのは、この情報だ。つまり、自軍の白石をわざと黒陣に突っ込ませることで、「黒が白石をどう殺しに来るのか」という手の内を確認したのである。右下の白石は、いわばスパイなのだ。

一つの石にいろいろな意図が込められている

さあ、そこでこの十手目だ。この手は一見すると左サイドを白の陣地にするべく繰り出された手に思えるが、それと同時に「右下の白石を助けに行こうかな~(チラッチラッ)」という二つの意味を持っているのである。

黒としては当然、右下の白石を助けられては困るので、そちらを防御することになるが、その間に白は左サイドの守りを固め、確実に自軍の陣地としていく狙いだ。

とにかく自由度が高い囲碁の序盤では、まず「相手がどのような戦略を考えているのか」を様々な手段で確認し、それに応じて自分の戦略を臨機応変に変えていくという駆け引きが行われるのだ。……続きを読む