猫好きの方なら、「妊婦が猫を飼うのはよくない…」という情報を耳にしたことがあるかもしれません。しかし、おなかに赤ちゃんがいても猫を飼っている人はたくさんいます。実際のところはどうなのでしょうか。今回は、そのうわさの背景にある「トキソプラズマ感染症」について獣医師が解説します。

トキソプラズマは寄生虫の仲間

トキソプラズマは寄生虫の仲間です。人間を含めた、ほぼ全ての哺乳類と鳥類に感染するといわれています。猫はトキソプラズマに感染しても、ほとんどの場合症状が出ません。症状が出ても、リンパ節の腫れ、発熱など、非常に軽微なため飼い主が気付かないうちに治っていることが殆どです。

人間も、感染しても無症状なことが多いですが、免疫抑制剤やAIDSにより免疫力が低下している場合、中枢神経症状等の重篤な症状がでることがあります。また、妊娠中にトキソプラズマ症に初感染すると、低い確率ですが胎児に重篤な障害や流産を起こすことがあります。

トキソプラズマ症の感染ルートの一つに「猫の便」がある

トキソプラズマ症の感染ルートの一つに猫の便による感染があるため、「妊娠中は猫を飼っちゃダメ」と思っている方もいるようです。

猫からの感染は極めて稀

しかし、実際のところペットとして飼われている猫から妊婦さんにトキソプラズマが感染し、胎児に障害を起こす可能性は極めて稀です。なぜなら、猫から人へ感染が成立するにはいくつかの条件があり、ペットとして飼われている猫がその条件を満たすことは難しいからです。

猫から妊婦に感染する条件

■条件1:妊婦中に初感染
妊娠中に初めてトキソプラズマに感染した場合のみ、胎児にも感染する可能性があります。妊婦さんが過去にトキソプラズマに感染したことがあれば、抗体が作られています。妊娠中に再度トキソプラズマが体内に入っても、抗体により排除されるので、胎児にまで影響が及びません。

なお、日本産婦人科学会と日本産婦人科医会が定める2011年の産婦人科診療ガイドラインによると、妊婦さんが妊娠初期に行う血液検査の中で、トキソプラズマ抗体検査は任意検査(推奨度C)となっています。

猫を飼っていて妊娠する可能性がある方は予め抗体を測っておくと良いでしょう。日本での妊婦の抗体陽性率は、7.1%という報告があります(2011年産婦人科診療ガイドラインより)。

■条件2:猫も初感染
猫から人へのトキソプラズマの感染ルートは「猫フン」です。猫の便の中にトキソプラズマが排出されるのは、その猫が初めてそれに感染したときだけです。そして、便中に排出される期間は、感染後数日から数週間の間に限られます。

2回目以降の感染では猫の体の中にも抗体ができており、便中にトキソプラズマが排出されることはありません。ちなみに、猫も動物病院で抗体検査を行うことが出来ます。ただ、既に妊婦さんが抗体陽性であれば、猫の抗体検査を行う必要はありません。

猫の抗体陽性・陰性について

猫が抗体陽性だった場合…抗体が作られているほとんどの猫の場合、既にトキソプラズマを排出する期間は終わっています。再感染しても感染源になる可能性は低いため、安全といえます。抗体値がギリギリ陽性だった場合や、抗体値の変動をみるために2~4週間後に再検査することもあります。

猫が抗体陰性だった場合…この場合は、(1)まだ一度も感染したことがない、(2)感染初期で、まだ抗体が作られていない状態、の2つの可能性があります。

(2)の状態はまさにトキソプラズマを排出している可能性があるので危険といえます。よって2~4週間後に再検査することをお勧めします。再検査でも陰性であれば(1)、抗体価が急激に上がっていれば(2)と判断することができます。

「ペットの猫が原因で胎児トキソプラズマ症になることは非常に稀」

つまり、猫が原因で胎児トキソプラズマ症になる可能性があるのは、「妊婦さんと猫の両方とも今までトキソプラズマに感染したことがなく、妊娠中に猫が初めてトキソプラズマに感染し、その数日から数週間の間の猫の便が妊婦さんの体内に入ったとき」です。妊婦さんと猫のどちらかが、過去にトキソプラズマ症に感染したことがあり、抗体を持っていれば、まず心配ありません。

トキソプラズマの感染リスクが高い環境(外出自由、元ノラネコ)で育った猫は、既に感染歴があることが多く、今まで感染しなかった猫は感染リスクが低い環境(完全室内飼い)で育っており、今後も感染しない可能性が高いです。よって上記の条件(2)(妊娠中に猫が初感染)を満たすことが難しいのです。

以上のことから、「ペットの猫が原因で胎児トキソプラズマ症になることは非常に稀」と言えるでしょう。

妊婦さんも猫もトキソプラズマ抗体陰性だった場合

愛猫もトキソプラズマ抗体が陰性であれば、気をつけることは妊婦さんと同じです。妊婦さんが産婦人科で説明を受けた注意事項を、猫にも適応して一緒に予防しましょう。感染するルートは、猫も人間と同じく「生肉」「土」「猫フン」です。

人:食肉を十分加熱してから食べる→猫:生肉を食べさせない。ネズミや小鳥を自力でハントして食べる猫もいるので注意。
人:ガーデニング等土いじりを避ける→猫:外出はもちろん、庭やベランダに出さない。
人:猫との過剰な接触を避ける→猫:他の猫との接触を避ける。愛猫を外に出さない、外猫が入ってこないようにする。

完全室内飼いを徹底する、キャットフード以外のものを食べさせない、この2点を守るだけで感染は十分予防できます。

その他一般的な注意点

・猫トイレは常に清潔に保つ。便中に排泄されたトキソプラズマは感染力を得るのに24時間かかるので、その前に片付けてしまいましょう。
・猫トイレの掃除の際には、ゴム手袋をつける、または他の人にやってもらう。
・妊娠中は新しい猫を飼わない。
・猫との過剰なスキンシップは避ける(キスをしたり、猫を口の中に入れる等)。

猫のトキソプラズマ感染率は低下している

ここ数年、猫のトキソプラズマ感染率は低下しています(2003年のデータで、国内の飼い猫の5%に感染歴があったという報告があります)。

また、妊娠中のトキソプラズマ症の原因は、猫よりもガーデニングや生肉の摂食からの方が多いといわれています。

猫から感染するリスクが高いのは、不特定多数の猫と接触する機会があり、猫の便を日常的に扱っている人です(例:獣医師)。室内でペットとして飼われている猫は、トキソプラズマと接触する機会は殆どありません。

胎児に感染する可能性がある条件を正しく理解すれば、猫からのトキソプラズマの感染を過度に恐れる必要がないことがおわかり頂けると思います。

おまけ「なぜ猫だけ注目される?」

トキソプラズマは、人間や猫以外にもほぼ全ての哺乳類と鳥類に感染します。なぜ猫だけが注目されるのでしょうか。それは、トキソプラズマは猫の体内に入ったときだけ腸内で増殖(有性生殖)し、便と一緒に排出されるからです。

猫以外の動物に感染してもトキソプラズマは筋肉内や脳内でじっとしているだけです。「妊娠中は生肉を食ベるべきではない」というのは、この筋肉内でじっとしているトキソプラズマを食べてしまうと感染するからです。

このように、寄生虫にとって特に居心地が良く、有性生殖できる動物を「終宿主」と言います。それが、トキソプラズマにとってはネコ科動物だということです。

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