「猫の具合が悪そう…。動物病院には連れて行くけど、その前に自分で何かできることはないのか?」と、猫のことを思う飼い主さんも多いでしょう。確かに、やさしく声をかけたり、これから病院に連れて行かれる猫を落ち着かせるために、大好きなぬいぐるみを抱かせてやる、といった気遣いは大切だと思います。でも、時折自分で診断してしまい、人間用の薬を飲ませようとしてしまう飼い主さんがいます。
人用の市販薬を猫に飲ませても大丈夫なのか?
以前、「脚を引きずっているので診て欲しい」という飼い主さんが私の勤める動物病院へやってきました。見てみると、確かにその猫は後ろ脚の動きが悪いです。問診をとっているとその方は医療関係のお仕事をしている方で、あまりに痛そうなのでロキソニンを1/4錠飲ませたということが分かりました。ロキソニンとは強めの痛み止めのお薬で、人間では比較的副作用も少ないとされています。
しかし、猫にあたえた場合、この系統の薬を多く摂取すると腎不全を起こす可能性があります。幸いその猫ちゃんは脚以外に異常はありませんでした。最近では猫に関する本や、インターネットの普及のおかげで、「人用の市販薬を猫に飲ませても大丈夫」と答える方は少なくなりましたが、こういった事例は後を絶ちません。
動物病院では人間用の薬を使っているから大丈夫じゃないの?
実際に動物病院で扱っている薬は大半が人用ですし、動物用薬も有効成分は人用と同じものが殆どです。なので、獣医師も人用の薬を猫に処方しています。では、なぜ猫に市販薬を使ってはいけないのでしょうか。
市販薬または一般用医薬品とは、用量と用法を守れば患者さんの判断で使用しても効きめや安全性が保たれる薬です。いわゆる、セルフメディケーションのためのお薬で、処方箋なしで購入できるのが最大の利点です。そのため副作用が出にくいように複数の薬を混ぜていたり、量が少なめになっています。しかし、これらの安全性はもちろん人間に対しての基準で、猫への使用は想定されていません。
そのため、人間では安全性が高くても猫には毒性がある薬があります。猫の肝臓は人間とは少し機能が違います。重要な薬物代謝のひとつであるグルクロン酸抱合がないことがわかっています。そのためグルクロン酸抱合で代謝されるべき薬は体に蓄積しやすく中毒を起こしやすいです。
その中で一番有名なのはアセトアミノフェンです。この薬は、人用の市販の風邪薬や痛み止め薬(ノーシンやバファリンルナ)に含まれており、もちろん人間には安全なものですが、猫の肝臓はこの薬を代謝するのが苦手です。少量でも摂取すると中毒を起こし、赤血球が壊れてしまい、亡くなってしまうこともあります。
また、ダイエットやアンチエイジングのサプリメントとして市販されているα-リポ酸は猫が摂取すると少量でも重度の低血糖を起こしてしまいます。α-リポ酸中毒は有効な治療法がなく予後が非常に悪いです。α-リポ酸がなぜ低血糖を起こすのかは不明です。その他には、漢方薬の芍薬など。猫にとって有毒植物であるキンポウゲ科であるため、芍薬を含む漢方を猫に飲ませると嘔吐や痙攣が起こる可能性があります。
犬の薬を猫に飲ませるのもNG
また、猫と犬を両方飼われている方は、犬に処方された薬を猫に飲ませると思わぬ副作用があるということを覚えておいてください。
例えばバイトリルなどのニューキノロン系と呼ばれる抗生物質を仔猫に飲ませると稀に網膜変性を起こして失明してしまうことがあります。同じ抗生物質のドキシサイクリンという薬は、猫に飲ませるときはしっかり水も一緒に飲ませてあげないと食道炎を起こしやすいです。猫が内服薬を飲んだ場合、犬よりも食道内で停滞する時間が長いからです。
薬の量や頻度も種類によってそれぞれ
薬の量も大事です。人間の1/10の体重だから薬も1/10とは限りません。もっと少なくしないと中毒を起こす薬もありますし、1/10だと全く効かない薬もあります。冒頭のお話の飼い主さんは、他の薬を1/4に割って処方していたので、それを見て「1/4錠なら大丈夫かな」と思ったんだそうです。
同じ量でも、頻度に注意しなくてはいけない薬もあります。例えばアスピリンという薬は人間だと半日ぐらいしか効果がないので1日1~2回飲みます。しかし猫に使うときは2~3日に1回と大幅に頻度を減らさなくてはいけません。猫はアスピリンを分解する時間がすごく遅いので1日2回も飲むと大変危険です。
最後に
人用の市販薬は、当然ながら人間に対しては安全性が高いですが、猫に対しての安全性は未知数です。特に猫は肝臓の機能が人間と少し違うので、飲んで良い薬とだめな薬があります。また飲んでいい薬でも用量と用法が人間とは違うことがあるので、注意が必要です。猫ちゃんの体調が悪いときは、自分で判断せずに、まずはかかりつけの動物病院に相談しましょう。