2013年の流行語にもノミネートされた「ブラック企業」という言葉。厚生労働省が「若者の使い捨てが疑われる、いわゆるブラック企業」と取り締まりを強化したことも話題となった。

では、その反対の「ホワイト企業」とはどのような会社だろうか? 2013年11月に文芸春秋社から発刊された『ホワイト企業』の監修をつとめた、経済産業省 経済産業政策局 経済社会政策室長 坂本里和さんに伺った。

女性の時短制度だけを進めるのではなく、男性も含めた労働時間を見直す

坂本さん:

坂本 里和(さかもと りわ)
1972年生まれ。経済産業省 経済産業政策局 経済社会政策室長、「ダイバーシティ経営企業100選」担当。東京大学法学部卒業後、通商産業省(当時)に入省。ハーバード法科大学院、スタンフォード法科大学院への留学を経て、現部署へ。私生活では4女の母

以前女性のキャリアについて大学で話す機会があり、大学生が「仕事と育児は両立できるかもしれないけど、"キャリア"と育児は両立が難しい」と話していたんです。私も20年くらい前に就職活動をしていたんですが、「二者択一」の状況が変わってない! というのがショックでした。

女性が最初からあきらめてしまって、就職活動も仕事も最初からセーブしてしまうのはもったいない…もともとやる気がないわけではなくて、どうせ無理だから最初から「細く長く」or「太く短く」と、究極の選択になってしまっている部分も大きいと思うんです。全員ではないものの、相当広い範囲でそうなっていると思うので、「そうでもないよ」というのをこの本(『ホワイト企業』)で伝えられればと思いました。

--ホワイト企業というタイトルはかなりキャッチーですよね

タイトルは反響がありました(笑)。それだけブラック企業への意識が高いんでしょうね。「ホワイト企業」をブラック企業の反対ととらえると、「社員に優しい」というイメージになると思うのですが、単純に優しくて仕事を軽くしてあげることとは、少し意味合いが違います。きちんと女性を活躍させている企業というのは、家庭と両立して仕事しやすい体制を整えた上で、モチベーションをあげ、活躍させているんです。

企業におけるダイバーシティ(多様な人材活用)の取組の進化の過程をみると、まずは「女性に優しい」ところから入って、育休や時短勤務を長くとれるようにします。しかしそれだと全体の長時間労働問題が手つかずになり、育児中の女性が特別扱いされるようになり、「女性が思ったように伸びない」というところにぶつかってしまいます。部分的に対応していても、全体の生産性が伸びないんです。

やはり全体的な働き方の仕組みが変わらないと、時短の社員が働ける場所が限定されてしまいます。「営業にはおけないからバックオフィスだよね」といってその部署が飽和してしまい、配属先に困ってしまうということもききます。もっと職域を広げられるようになるとよいなと思うんですが…。

女性の働き方を変えることで、男性の働き方も変わっていく

--社員側のワークライフバランスを重視したいという声もありますか?

ワークライフバランスは、多様な人材に企業で活躍してもらうための環境整備なんです。元々アメリカから入ってきたときもそういう概念だったのですが、日本に入ってきたときにやや矮小化されてしまった印象はありますね。本当はワークライフバランスって生産性向上のためのものですし、女性だけでなく男性も含めて、ワークの部分でいい発想を生み出すためのものでもあったのですが。

--言葉だけが独り歩きをしているのでしょうか?

そうですね。またあんまり口に出さないけど、若い男性もワークライフバランスをすごく求めていますよね。今回出版された「ホワイト企業」では、女性にフォーカスをした形にはなってますが、ここでとりあげたホワイト企業はワークライフバランスをダイバーシティにつなげて、それが経営成果にもつながっているという話です。ワークライフバランスをとりながら、かつ活躍したい男性にとっても、同じようによい環境だと思うんです。

--女性だけのものでも男性だけのものでもない、ということですね。

『ホワイト企業』(文芸春秋社/1,260円)

若い世代はやる気がないからライフを求めているわけではなくて、多くの優秀な学生も「ワークもライフも両方欲しい」と思っているのではないかと見ています。そうすると、企業が優秀な学生を集めるためには、本当の意味でのワークライフバランスを出していかないと、魅力的に思ってもらえないのではないでしょうか。「馬車馬のように働きたい」と思っている人は、若い世代ではかなり減っているのではないかと。男性って我慢強いからあんまり口に出さないのかもしれませんけど…。

実際今年、女性学生のための就活セミナーで話をしたら、けっこう男子学生も話を聞きに来ていまして。一番熱心にメモをとっていたのも男性だったんです。経産省に官庁訪問に来た男子学生の中にも、「ダイバーシティの話をききたい」と特に希望を出した人もいました。組織の健全性のリトマス試験紙として、ダイバーシティを意識しているというのは、面白いなと思います。それって賢いかもしれないですよね。女性を活躍させようとすると、全社的に取り組まなければいけないので、みんなが効率的に働くような方向に進もうとしている企業だとわかります。

--ワーキングマザーを応援することが、男性社員の利益にもなるんだよ、ということでしょうか。

そう、新しい視点かもしれないですね。女性の働き方を考えることが、男性にとっても新しい働き方を提供することになる。これからは男性だけの収入で家族を養うことも難しいので…そうなると男性はかわいそうで、職場ではワークライフバランスを主張しづらいのに、家では奥さんに「もっと家庭に協力して」と怒られる(笑)。このままでは板挟みになってしまいます。

女性はある意味割り切れるんですけど、男性は言えない分だけ切実ですよね。育児中の女性だけ勤務時間を短くしようとすると、必ずそのしわ寄せが独身女性や男性にいってしまうので、特にダブルインカムの男性は面白くないだろうなと思います。女性だけでなく、全体の働き方を変えていく方向にいかないと。