東京麻布十番「山田チカラ」の山田チカラシェフが監修した、ビジネスクラスの機内食。このプレートには、JALの工夫が詰め込まれている

JALは「空の上のレストラン」の料理と位置づけて、機内食を提供している。「ただ温めて出しているだけじゃないの?」と思っている人もいるかもしれないが、あのプレートには実に様々な工夫が盛られているのである。その秘密を、JALの機内食を提供している工場で探ってみた!

上空で味わうのにベストな味は?

そもそも飛行機の機内食は、地上の料理と何が違うのか? 大きな点は、調製された機内食は一旦冷却され、数時間後に飛行機の中で温められて提供されるということ。気圧が低い機内だと味覚は鈍くなるので、味は少し濃いめにされており、揺れる機内に配慮してソースも少し固めに仕上げられている。また、肉などには再度温めることを想定した焼き加減が求められるなど、上空という特殊な環境で一番おいしく食べられるための工夫が必要になる。

加えて今一度、機内という環境を考えていただきたい。スタッフの数や空間にはどうしても限界があり、使える機材も限られる。何より、作りたてを提供できないため、食の安全・味わいの観点で徹底管理が必要となる。そうした環境で、時には何百人もの乗客にCAは一人ひとりサービスしているのだ。

見た目もおいしい「手料理」

JALの成田空港発パリ、ロンドン、ニューヨーク着など10路線で提供している機内食は、成田空港そばにある「ジャル ロイヤル ケータリング(JRC)」が作っている。同社はJALの機内食のみを取り扱っており、1日平均4,063食・年間148万3,000食を、繁忙期には1日最大1万2,000食もの機内食を提供している。

JALの機内食を支えている「ジャル ロイヤル ケータリング(JRC)」は、成田空港からクルマで20分程度のところにある

スタッフは、身だしなみ、ブラシ、ローラー、手洗い、消毒マット、エアシャワーを経て、それぞれの持ち場に向う

工場では衛生管理のため頭の先から足の先まで覆い、手洗い・消毒・エアシャワーなどを経て進む。工場での工程を簡単に説明すると、(1)到着機から運ばれるトレーや食器、フォークなどのカトラリーの洗浄、(2)冷製メニューや加熱調理メニュー、パンやデザート類のペストリーなどで分けられたキッチンで調製、(3)各キッチンで調製されたメニューをトレイにセットし、ミールカートに収納、(4)機内食や機内備品、飲料、機内販売品の確認とトラックへの搭載(飛行機への運搬・搭載)となっている。

工場では全クラスを対象に、各路線に合わせた機内食を1日4,000食以上も作っているのだが、各工程には全て人の手が加えられている。洗浄に関していうと、仕上がりがよくなるように軟水を使って洗浄された食器類は、最後に人の目で確認する。特に水あかが付かないように純水を使って洗浄されたグラスは、光を当てて汚れや傷をチェック。盛り付けも見本の写真と見比べながら丁寧に盛り付け、より美しく盛るためにスタッフ同士がフォローしている姿も見受けられた。

洗浄した食器類は状態を確認し、汚れがあればまた洗浄する

ビジネスクラスのカトラリーは人の手で梱包

光に当てながら、水あかや汚れ、傷をチェック

オードブルなど冷製メニューを調製する「コールドキッチン」

ステーキなどのメインメニューは「ホットキッチン」で。訪れた時にはもう料理は冷蔵庫の中に。10~60度の料理は調製後4時間以内に、10度以下に設定された冷蔵庫へ入れられる

盛り付けを行う「ディッシンググループ」。ほこりを巻き上げないよう、天井には特別な空調が備え付けられている。全ての料理は金属探知機を通ってパッキングされる

「ミールセットグループ」にて料理をトレーに盛り付け、カートに収納

機内食や飲料などを搬入。シャッターの向こうにはケータリングトラックが接続されている

24時間ルールを徹底

JALが機内食で一番徹底しているのが「衛生管理」である。機内食で使用する食材は、その食材別に温度管理された冷蔵庫で保管し、誰が見ても優先使用順位が分かるように記されている。また、調製された機内食は急速冷却させることで、細菌の繁殖防止や味の鮮度を守っているのだ。

温度・時間を徹底管理しながら作る機内食は24時間以内に飛行機へ搭載され、もし、飛行機の遅延などで24時間を過ぎれば作り直しになるという。また、月に1度、提供する全てのメニューのみならず、食材や使用する水・氷、さらに、工場内の落下菌やスタッフの手指の細菌検査を実施することで、確実にリスクを排除している。

食材別に設けられた冷蔵庫。肉であれば部位別に、使用する優先順位が分かるようにして管理している

「品質管理室」では、食中毒の原因となる黄色ブドウ球菌の細菌検査などを実施

有名シェフとも戦う空のプロ

JALならではの機内食のこだわりとしてもうひとつ、「メニューの選定」が挙げられる。年4回更新される機内食は旬の食材を生かすために、例えば春メニューなら3月~5月と、通常のシーズンよりも1カ月前倒しで提供している。

また最近では、「○○シェフ監修メニュー」を提供するキャリアも多いが、JALはシェフの提案するメニューをそのまま採用するのではなく、機内食に向いているかを前提に何度も作り直しながら選定している。ある時、最後の仕上げにソースや香り付け、盛り付けでどうしてもシェフと意見が合わなかった際、実際にシェフに搭乗してもらい、CAが最後の仕上げをする姿を見てもらったこともあったという。

調理方法のみならず、機内食では使える食材も限定される。例えば、ハンバーガーショップ「クア・アイナ」とのコラボバーガーでは、本当はアボカドを使用したかったが、変色しやすいアボカドを見た目も含めておいしく提供できるかで悩み、結果、アボカドの使用を見送ったそうだ。機内食という観点から見て一番おいしく食べられるメニューを、空事情を一番知っているプロが最後まで悩み、その最終的な形として機内食が提供されているのだ。

機内食の開発では、機内に搭載しているスチームオーブン(右の写真)を使いながら、機内食にふさわしい食材、調理方法、味をシェフたちが何度も作っては味わい、作っては味わいを繰り返している

あまり知られていないが、JALの一部の路線・クラスでは、機内に設置されたスチームオーブンで炊いたご飯を提供している。そのほかの機内調理として、料理の演出も楽しめる「エスプーマ」も検討していたようだが、安全上の問題で断念したという。とはいえ、「空の上のレストラン」を語るJALである。想像もしていなかった驚きの機内食の提案に期待してみたい。