上原浩治がクローザーとして、田沢純一がセットアッパーとして活躍したこともあり、ボストン・レッドソックスがワールドシリーズを制した今年の大リーグ。レッドソックスの優勝に日本人選手である彼らが大きく貢献したことは疑いの余地もないだろう。

大リーグでは、今や白人や黒人、黄色人と、様々な人種の選手たちが活躍しているが、1940年代の大リーグはそうではなかった。当時、所属していたのは400人の白人選手のみ。アメリカ合衆国には多くの黒人がいたにも関わらず、大リーグのチームに黒人選手が入団できなかったのだ。そんな暗黙のルールを打ち破った黒人初の大リーガー ジャッキー・ロビンソン。彼のつけていた背番号42は今もなお、唯一の大リーグ全球団の永久欠番になっている。映画『42~世界を変えた男~』は史実に基づき、彼の野球人生を描いたもので、今回は映画の監督を務めたブライアン・ヘルゲランドに話を聞いた。

ブライアン・ヘルゲランド
犯罪ドラマ『L.A.コンフィデンシャル』(1997年)の脚本をカーティス・ハンソン監督とともに執筆し、米アカデミー賞脚色賞を獲得。これまでにデンゼル・ワシントン主演の『マイ・ボディガード』(2004年)、リドリー・スコット監督『ロビン・フッド』などで脚本を手掛けた。テリー・ヘイズと共同脚本を手掛けたスリラー『ペイバック』(1999年)で監督デビュー。

――まず、同作を監督することになったいきさつについて教えてください。

奇妙な偶然なのだが、父と一緒にブルックリンに向かうバスに乗っていたときに声がかかったんだ(ジャッキー・ロビンソンが所属したチームはブルックリン・ドジャーズ)。父はブルックリン育ちなのだが、12歳以来戻ったことはなかったそうで、"一緒にブルックリンまで来てくれ"と頼まれて行ったんだ。それでバスに乗って6時間位経ったあたりでプロデューサーのトーマス・タルから電話がかかってきた。"権利が空いたので聞きたいのだが、ジャッキー・ロビンソンについてどこまで知っている?"とね。映画化の権利を前から追っていたトーマスはジャッキー・ロビンソンの奥さんに会っていたが、奥さんにどのようなストーリーになるのかと聞かれ、即答できず、私に声をかけてきたんだ。私は「ある程度は知っているが、彼に関する本を読んでみるから待って」と答えた。そういう小さなステップ始まった企画だ。それで(彼に関する様々な本を読んでみて)信じられないほどの勇気を持ったと男だと関心したね。そこで企画に参加することにし、ジャッキーの奥さんにも会って、ストーリーをどのように語りたいか話し、許しを得た。そうやって始まった企画だった。

――ジャッキー・ロビンソンをリサーチしてみて、どんな印象を得ましたか?

リサーチは常に面白いものだよ。脚本家としても事実に勝るストーリーを書くことができないわけでね。彼の生涯については様々な人が様々な視点で書いているから興味深かったよ。ひとつの出来事が3つ4つの視点から語られていることもあり、彼に対する人々の解釈が浮き彫りになる。そういう多面性が人間味溢れるストーリーにするのに役立った。悪役を単なる悪役として描くようなことはしたくなかった。人種差別主義者を単純な悪者にしてしまうと、見ているほうにとっては他人事になってしまう。人種差別主義者の考えが例え間違っていても、その考えの根拠を理解できたことが多いにストーリーづくりに役立った。

――特に驚かされたストーリーを教えて下さい。

ひとつのドラマチックな発見があったというよりは全体を理解していくにつれ、驚かされたね。黒人であることで、彼に悪意をもった観客の前でもアスリートとしてパフォーマンスをみせなくてはいけない場面もあったでしょうから、彼の場合は普通のアスリート以上に多くのプレッシャーがあったわけです。にも関わらず新人賞を獲得するなど、彼は素晴らしいパフォーマンスを見せた。また、そのようなプレッシャーがかかっているなかにいながら、それを家に持ち帰ることを一切しなかったそうなんだ。家に帰れば、"父として"、"夫として"家族の面倒をみていた。そういった話を聞いて凄く驚かされたよ。

――予告映像にも含まれている、ダッグアウト裏でのシーンが非常に印象的でしたが、ああいったシーンも実際にあったのですか?

あのシーンは実際にあったシーンではないんだ、少なくとも僕の知り得る範囲ではね。ブランチ・リッキー(ブルックリン・ドジャーズのGM)とジャッキー・ロビンソンが初めて会ったときの会話の内容については色々な本に書いてあることなんだけど、あのシーンは特に記録として残っていたわけではない。ただ、彼は日々、色々な感情を貯めこんでいただろうと。現に、本当に嫌なことがあったときは、帰る途中にゴルフの打ちっぱなしに寄ってから帰っていたらしい。だから、彼にどのくらいの負荷がかかっていたのかということを映画内で見せないといけないと考え、あのシーンを作り、誰にも見られていない場で感情をすべて解き放つ彼を描いた。この作品はほとんど史実に基いて描いているんだけど、唯一アーティスティックに自分が解釈して作ったシーンなんだよ。

1945年、ブルックリン・ドジャーズのオーナー、ブランチ・リッキー(ハリソン・フォード)は、黒人選手ジャッキー・ロビンソン(チャドウィック・ボーズマン)と契約。しかし、そんな彼を待っていたのは"出ていけ!"の大合唱だった

――最後に、監督のようにアカデミー賞を獲得する脚本家になるためのアドバイスをお願いします。

自分が興味をもてないもの、魅力を感じないものだったら書くべきではないね。それでは良い作品は作れない。何か自分に語りかけてくるような題材でなければ、他人が良いと思うような作品を作り上げるのは不可能だと思う。観客が臨むものを作るというのは、その時点で自分自身の才能を無視しているということだからね。だから自分が見たいと思う映画を書くということが大切なんだ。

映画『42~世界を変えた男~』は現在、公開中。

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