特急列車の発煙・出火事故が多発し、さらに貨物列車の脱線事故、運転士によるATSの破壊、線路管理上のミスなど、今年に入ってから事故や不祥事が相次いでいるJR北海道。9月以降、国土交通省による保安監査が2度にわたって実施され、「業務を統括管理する体制が不十分である」として、緊急の改善指示が出される事態になっている。

JR北海道では今年の夏も、「ノースレインボーエクスプレス」などによる臨時特急列車が運行されていた

11月1日には、メンテナンス体制強化に向けたダイヤ修正を実施。道内の多くの特急列車が減速・減便を余儀なくされる。函館~札幌間では、特急「北斗」4往復の運休が継続され、特急「スーパー北斗」も2往復の運行を取りやめることから、計6往復もの減便に。同区間では臨時の特急列車が設定され、本来はリゾート車両である「ノースレインボーエクスプレス」「ニセコエクスプレス」の臨時特急列車も、週末を中心に運行されるという。

相次ぐ事故・不祥事の根底にあるものとは?

こうしたJR北海道の現状に対し、鉄道の現場を知る人々はどのように見ているのだろうか? 同社で相次ぐ事故や不祥事に関して、原因はどこにあると考えているのだろうか?

鉄道会社に20年間勤めた経歴を持つ増井慎吾氏

今回、インタビューに応じた増井慎吾氏は、父親の知人・友人に国鉄職員が多かったことから自然と鉄道が好きになり、1989(平成元)年に首都圏の大手私鉄に入社。現業職として20年間でさまざまな現場を経験し、駅助役まで勤めたという経歴を持つ人物だ。現在は退職し、少年期を過ごした函館市に戻って、北海道唯一のプラモデルメーカー「グレイスモデル」を設立。代表取締役社長を務める。

「JR北海道のような事故は、どの鉄道会社でも今後ありうる」というのが、現場経験者である増井氏の見方だ。ごく一部を除き、どの鉄道会社も窮屈な経営を強いられている。不採算路線だからといって簡単に廃線にすることもできず、許可なく運賃の値上げもできない。その一方で、新型車両の購入や駅改良などのインフラ整備と人件費にお金が消えていく。

JR北海道の場合、「広大な路線範囲」「過酷な気候」という悪条件も加わる。広大な北海道の各路線で電化設備を整備するのはコスト的に問題があるため、札幌近郊や函館~中小国間など一部区間しか電化しておらず、都市間連絡は電車に比べて機械的な負荷が大きい気動車の特急列車に頼らざるをえない。発煙・出火事故が多発した特急形気動車は、1個列車あたり300km以上の走行距離を何往復も走らなければならない状況にあり、他のJR各社と比べても車両への負荷が非常に大きい。

また、北海道は夏と冬の温度差が激しいことから、線路にとっても過酷な条件だという。冬の期間、氷点下が続く屋外では、線路の敷石(バラスト)同士が凍って固まり、クッション性が失われるため、車両への負荷が増す。その上、凍結と融解を繰り返すことにより、突き固められたバラストは次第に崩れていく。

こうした雪国特有のさまざまな悪条件の中、気動車中心の特急用車両と長大な線路を保守していくためには、本来ならより多くの予算と人員が必要だった。端的に言うと、事故や不祥事の理由は「お金がない」ことに尽きる、というのが増井氏の意見だ。

以前から増井氏の耳には、「運転の現場では新車の購入を望んでも聞き入れられず、車両保守現場ではつねに古くて複雑な機械に手を加えながら状態を維持する体制が続いている」という現場の声が届いていた。「お金がないから人も設備も足りないまま」という状況が長く続き、いつしか「あきらめムード」が蔓延。現場の意見を上長に上申したところでなにも改善されないのは、下から上へのルートがないからともいわれる。こうした状況の下で次第に緊張感が損われ、「報・連・相」も失われたことで、人為的ミスが発生したと見ている。

なお、このインタビューの後、国土交通省からJR北海道へ出された2度目の改善指示(10月25日付)では、「予算編成に当たって、各主管部が現場の状況を十分に把握しておらず、安全確保に関する現場からの要望等が十分考慮されていなかったことが認められた」との一文があり、増井氏の見解を裏づけるものとなっている。

「民営化するにしても、もう少し良い方法があったのでは?」

「現在のような事態は、いつかは起こりうると思っていた」と増井氏は言う。安全意識の形骸化、職場や状況ごとに作業手順を示した「わかりやすい」マニュアルの不備、現場と経営との間のコスト概念の乖離(かいり)、上下間の風通しの悪さ、道内のライバル会社不在による切磋琢磨のなさ、といった国鉄時代からの問題に、1987(昭和62)年のJR発足後から積み重なってきた要素も積もり積もって、一気に噴出したのが現在の状況だと見ている。

中でも国鉄末期からJR発足後の時期にかけて社員を採用できなかったことによる人材の薄さ、そして職場の中堅層が極端に少ないという現状は、技術の継承においてもプロ意識の醸成においても、大きな損失だと感じている。

JR北海道の問題は、元をたどれば国鉄民営化に根があるのだろうか? この質問に対し、「結果論でしかないが……」と前置きした上で、運輸、営業、保守の3部門に会社を分ける、あるいは在来線は国有のままで新幹線のみを民営化するなど、「民営化するにしても、もう少し良い方法があったのでは?」との答えが返ってきた。

「公共性の優先」とのお題目だけを唱えて見通しをつけず、経費削減と路線維持の間に生じる矛盾のすべてをJR側に押し付けた交通政策のなさに、一連の問題の遠因があるのではないか? 増井氏はJRよりもむしろ国に厳しい目を向ける。鉄道は公共性と公益性が求められる重要なインフラであり、郵政民営化について見直しが行われたように、国は民営化について、「後戻り」を考えても良いのではないか、と考えているとのことだ。

鉄道マン時代、増井氏が肌身離さず携帯していた10カ条の「安全運転規範」

鉄道の現場を知っているだけに、いまのJR北海道の列車に乗るのは不安ではないか尋ねたところ、「そこまでの不安は感じない」と増井氏。困難な状況にあっても、鉄道員のプライドはまだ生きているはずだと信じている。

原因を突き止め、再発防止に徹底して努めることで事故は改善され、職員の啓発的な教育によって個々の意識が変われば、不祥事も減っていくに違いない。元鉄道マン、そして北海道在住の両方の立場から、「職員自身はもとより、ユーザーである道民が胸を張って自慢できる鉄道会社になってほしいですね」と増井氏はエールを送った。