2020年のオリンピック/パラリンピックの開催地が東京に決まったその時より、世界の窓口を担う航空関連企業は動き始めていた。特にその動きが顕著なのは、低コスト航空会社(LCC)と言えるだろう。7年後を見据えて、今動き始めた空事情を考察してみたい。
既に始まった「オリンピックセール」
「TOKYO」と発表された翌日、ジェットスター・ジャパンは早速「2020円セール」を実施した。期間限定ではあるものの、東京へ向かう国内8路線の2,020席分をこちらも数字を合わせ一律2,020円で販売。同じく9月に東京で行われた「JATA旅博2013」の国内各地の出展ブースも盛況だった。
日本国内や日本発着の国内線を運航するLCCにとって、外国人旅行者を呼び込めるかどうかは、事業を展開する上で大きなポイントとなる。LCCに関して言うと、12年3月に関空を拠点に運航を始めたビーチ・アビエーション(以下、ピーチ)は、13年9月17日に累計搭乗者数300万人を突破するなど、集客という面では成功していると言っていいだろう。
同社は関西圏のF1(20歳代から34歳までの)層をメインターゲットとしていたが、「『Peach=桃』という社名とそのデザインが、台湾人旅行者の心を捉え人気が出た。それは予想外だった」(同社)とうれしい悲鳴を上げている。12年10月に成田~台北~シンガポール線を就航したスクートも、当初の乗客の大半を台湾人乗客が占めていた。
苦戦を強いられる国内LCC
また、ピーチ、ジェットスター・ジャパン、エアアジア・ジャパンの国内LCC3社より、一足先に上海~茨城線で日本乗り入れを果たした春秋航空は9月5日、日本法人「春秋航空日本」の立ち上げ国内線への参入を正式に発表。14年5月に国内線を就航する。区間は成田~佐賀、成田~高松、成田~広島だが、一方で国内のLCC市場は厳しい状況にある。
12年8月に就航したばかりのANAとエアアジア共同出資のエアアジア・ジャパンは、13年10月にその提携を解消する。これはエアアジアが国内線からの撤退するためで、ANAは11月から新しい社名を「バニラエア」とした新しいLCCをスタートさせ、12月から運航を開始する。
ただ、バニラエアはエアアジア・ジャパンのように成田~福岡、札幌などの国内幹線ではなく、国際線及びリゾート路線を運航する。筆者はこれを事実上の「敗北宣言」ととらえている。エアアジアが提携を解消したのは、集客が思うように伸びず利益も上がらなかったからだが、これは国内LCC市場が既に飽和状態だという見方もできる。最多の累計乗客数を誇るピーチでさえも、黒字を計上したことはないのだ。
LCCを救う訪日外国人
では、そうした厳しい国内LCC市場に春秋航空日本が参入するのはなぜか? 鍵は訪日外国人(インバウンド)にある。
03年、それまで500万人程度しかいなかった訪日外国人を1,000万人レベルにまで増やすべく、「ビジット・ジャパン・キャンペーン」をスタートした。日本からの出国者が1,600万人だったとに対し、500万人規模しかない訪日外国人。そのアンバランスさを解消するのが目的だったのだが、一方で観光の促進には経済効果が期待された。
国際線を運航する春秋航空は上海から茨城と佐賀に乗り入れており、日本人旅行者だけでなく、それらの便を使って日本を訪れる中国人観光客をメインターゲットとしている。インドネシアのライオンエアやジェットスター香港など、日本への就航を計画しているLCCはいくつもあり、今回のオリンピック開催の決定がこうした計画に弾みをつけるのは間違いないだろう。
14年3月に羽田の発着枠拡大
もちろんLCCだけだなく、大手航空会社(レガシーキャリア)も同じである。ANAもJALも国内の旅行者が先細りしていく中、いわゆる「グローバル・エアライン」として他社とのジョイントベンチャー(他社便も自社便も同じ運賃で自由に使えるなどユーザーフレンドリーな運航)を増やし、外国人乗客が利用しやすくしている。
航空便数を増やすには、空港の発着枠の拡大が必要だ。特に羽田空港は既にターミナルビル、滑走路ともキャパシティが不足。オリンピック開催地に決まる前から東京・羽田は増え続ける便数に対応すべく、国際線ターミナルの拡張・増築工事を終える14年3月から、昼間の時間帯の発着枠を年間3万回から6万回に倍増させる。
これにより、現在は就航していないアジアの都市や欧米便の就航が実現。既にシンガポール、タイ、インドネシア、ベトナム、イギリス、フランス、ドイツなどと政府間協議がまとまりエアラインの就航が可能になっている。これはすなわち、こうした国からの訪日客の増加が見込めるということでもある。
羽田再拡張の声、成田はLCC便増へ
羽田空港は10年の再国際化以来、ビジネス層や都心や首都圏西部からの利用者が増え続け、日本人旅客の伸びが目立つ空港で、成田空港から移ってくるエアラインが後を絶たない状況だ。そこに来て、今回オリンピック招致に成功したことで、新しいターミナルやC滑走路の延伸、あるいは5番目の滑走路建設の議論が活発化するのは間違いない。既に専門家を交えた会議が行われるとも聞く。首都圏の空は上空の航路も満杯の状態にあるが、米軍との交渉で新たな空路を開設する手もあるだろう。
成田空港からはレガシーキャリアが離れる懸念があるが、一方で前述したようにLCCが日本就航を計画し、その第一候補に成田の名前が挙がる。
3兆円といわれる国内航空市場だが、オリンピックの開催でその規模を20年までにどれくらい拡大できるのか期待したいところだ。また、飛行機で人を運んでくれば、国内で支出してくれその経済効果は計り知れない規模になる可能性もある。実際のオリンピック開催までは7年あるが、市場を拡大できるかどうかはそれ以前の工夫にある。既に、時は動き始めている。
筆者プロフィール : 緒方信一郎
航空・旅行ジャーナリスト、編集者。学生時代に格安航空券1枚を持って友人とヨーロッパを旅行。2年後、記者・編集者の道を歩み始める。「エイビーロード」「エイビーロード・ウエスト」「自由旅行」(以上、リクルート)で編集者として活動し、後に航空会社機内誌の編集長も務める。 20年以上にわたり、航空・旅行をテーマに活動を続け、雑誌や新聞、テレビ、ラジオ、インターネットなど様々なメディアでコメント・解説も行う。著書に『もっと賢く・お得に・快適に空の旅を楽しむ100の方法』『業界のプロが本音で教える 絶対トクする!海外旅行の新常識』など。