アスコムから6月上旬、『竹中先生、日本経済 次はどうなりますか?』(竹中平蔵著、定価952円+税)が出版された。同書では、ジャーナリストの田原総一朗氏が、慶應義塾大学教授で、日本経済の成長戦略を練る「産業競争力会議」の中心人物である竹中平蔵氏とアベノミクスについて徹底的に討論している。日本経済はデフレから脱却できるのか? 景気は本当によくなるのか? 竹中氏に、アベノミクスと日本経済の今後について聞いた。
竹中平蔵氏プロフィール
慶應義塾大学教授、グローバルセキュリティ研究所所長。株式会社パソナ取締役会長、アカデミーヒルズ理事長、社団法人日本経済研究センター研究顧問なども兼務。一橋大学経済学部卒業後、大阪大学助教授、ハーバード大学客員准教授などを経て、2001年、小泉純一郎内閣の経済財政政策担当大臣に就任。その後、金融担当大臣、経済財政政策・郵政民営化担当大臣、総務大臣などを務め、「構造改革」を主導した。1951年、和歌山県生まれ。
――安倍晋三政権の経済政策「アベノミクス」が、国内外でこれほど注目を浴びているのはなぜでしょうか。
理論的に100%正しいからでしょう。日本経済が回復するためには、20年間続くデフレから脱却しなければなりません。そのためにはまず、金融緩和をして市場に出回るマネーの量を増やす必要があります。次に、政府が財政出動を行って「需給ギャップ」を減らす。供給が需要を上回ると当然、物価が下がりますね。今、日本は供給が需要を15兆円ほど上回っていますから、大型補正予算を組んで公共事業をやるわけです。でも、中長期的には必ず財政再建をしなければいけません。
経済をよく知る人なら、これらは当たり前の理論です。ようやく、日本政府が当たり前の経済政策をパッケージにして打ち出せたことが世界中で評価され、マーケットも期待しているんです。
象徴的な出来事がありました。私は今年1月下旬からスイスで開かれたダボス会議(世界経済フォーラムの年次総会)に出席しました。この会議には世界の主要な政治家、経済学者、経営者が集まります。非公開ですが、安倍総理も東京・渋谷にあるNHKのスタジオから中継で参加しました。そこで、イギリスのゴードン・ブラウン前首相、メキシコのエルネスト・セディージョ元大統領、OECD(経済協力開発機構)のアンヘル・グリア事務総長、ハーバード大学の経済学者ケネス・ロゴスなど錚々たるメンバーが、「アベノミクス」は正しいと言いました。
アベノミクスは理論的には正しい。だから、この政策が正しいかどうかを議論するのはもう止めたほうがいい。問題は、これを実現させることは簡単ではない、ということです。この政策をどのように実行に移すのかにこそ注目すべきなんです。
――アベノミクスの「第三の矢」は、構造改革で産業を強くする「成長戦略」です。6月14日、産業競争力会議がそのための政策「日本再興戦略」をまとめました。内容に何点をつけますか?
民間議員として参加している楽天社長の三木谷浩史さんは、日経新聞のインタビュー(6月12日付)で「75点」と答えました。その後の産業競争力会議で、副本部長を務める甘利 明内閣府特命担当大臣(経済財政政策)が「75点という評価の三木谷さん、ご意見をどうぞ」と言ったりして、みんなが笑いました。でも、私は三木谷さんの点数はいい線をいっていると思いますよ。
これから日本経済を成長させるには、日本の景色が変わるような大玉の改革が必要です。例えば、法人税の減税、農業への株式会社の参入、保険診療と保険外診療の併用を認める「混合診療」の解禁などです。しかし、今回のプランにはそれらは入っていません。だから、100点からはほど遠い。ただし、これらの政策は10年以上も議論が続いているんです。それをたった5カ月で実現するのは無理ですよ。
これまでの政権の成長戦略に点数をつけるとすれば、せいぜい40点くらいでしょう。今回の75点というのは、それよりはずいぶん評価ができるという意味です。何が評価できるのか。それは、長年規制が解決しない"岩盤規制"を突き崩す装置が入ったことです。
その装置とは、国主導で規制改革や税制優遇措置を導入する「国家戦略特区」の創設です。これをうまく使えば、"岩盤規制"が突き崩せます。私はこのプランを担当していたので、ここは大いに強調したい。もうすでにワーキング・グループを作り、活発な議論を重ねています。
実際、この数週間のワーキング・グループの動きで、"岩盤規制"が一つ崩れたんですよ。公立の学校を民間が運営できるように開放する「公設民営」です。ワーキンググループが関係省庁の担当者を呼んで、議論をぶつけ、大阪府と大阪市で認められることになりました。
私は会議でこう申し上げました。「"岩盤規制"はせいぜい10だ。総理といえども360度を敵にまわすわけにはいかない。毎年二つか三つ、目標を決めて突き崩していけば、3~5年で達成できる」と。その決意と能力があるかどうかが、安倍政権の腕の見せ所です。
――次にとり組もうとしている改革は何ですか。
今、世界は日本の110兆円を超える公的年金積立金をどう動かすのか、いつまで眠らせておくのかということに注目しています。
例えば、シンガポールの同じような基金が30兆円、ノルウェーでも30兆円です。それらのお金を両国は約1,000人のプロフェッショナルが運用しています。でも、日本はたった71人で運用しているんです。つまり、運用していない。国債を買っているだけです。
産業競争力会議では、年金積立金を含む公的な資金の運用を根本的に見直す委員会を作りました。その席で安倍総理は「GPIF(年金積立金運用管理独立行政法人)を見直す」と言いました。これはすごい発言です。事務方が総理に渡した資料には、「公的な資金」というだけで、GPIFとは明記されていませんでした。それを総理はあえて口に出し、ニヤッと笑っていましたよ。ここが問題だと分かっているんです。
――安倍政権発足後、右肩上がりだった株価が5月下旬から乱高下が続いています。6月5日にアベノミクスの成長戦略がほぼ出そろいましたが、翌日の東京株式市場は518円安と大幅下落。株価の動きは次第に全貌が見えてきた成長戦略への失望が広がったためではないかとも言われました。
株価がいくら上がった、下がった、原因は何かと大きく報道されていますが、はっきり言えば、みんなおもしろがっているだけです。日本の株価の底は去年の6月でした。今年5月下旬までで、株価が何%上昇したと思いますか。1年間で83%も上がっています。80年代後半のバブル期でも、毎年平均で60%の上昇率でした。アベノミクスの期待が大きいことの表れですが、しかし、上昇するペースがさすがに急すぎます。
株式市場を見守る誰もが警戒感を抱いていますから、どこかで利益確定売りをしたい。そのためのエクスキューズを探していて、「成長戦略は100点じゃない。これがいい機会だから売ろう」と売りを確定した。これが実態でしょう。株価が激しく動く時にはありえる話です。
こういう場合は日々の相場に一喜一憂しないで、中長期的に経済を成長させるための政策をめげずにやればいいんです。何をしなければならないかは、はっきり分かっているのですから。
株価が下がったといっても、安倍政権発足後の半年間で4割上がっています。大儲けしている人もたくさんいるはずですよ。
――本の中で、アベノミクスの「第二の矢」の前半は財政出動で、後半は財政再建であると話されています。具体的には社会保障の削減や増税になりますが、政府は今のところ明確な方針を示していません。参院選をにらんで、先送りされたということですか?
これについても、私は繰り返し述べています。安倍政権のこの半年間の最大の課題は、日本銀行をねじ伏せてマネーを出させることと、財務省を説得して短期的に財政を拡大させることでした。この二つの課題はやり遂げた。先ほど述べたように、その他にも課題ごとに委員会を作るなど、今まで議論さえしなかった問題に立ち向かっています。
しかし、やっていないことが三つあります。一つは社会保障改革です。これは民主党政権の枠組みをそのまま残している。二つ目は地方分権。三つ目はエネルギー対策です。これらにとり組まなければならないことは、政府も分かっています。でも、やはり、360度を敵にまわすわけにはいきません。ポリティカル・キャピタル(政治資本)をどの順番で使うかというのが政権運営ですから、まずは、日銀と財務省に投入した。次はいよいよ社会保障改革ということでしょう。
くり返しますが、課題に実際にとり組まなければいけませんよ。参院選が終わると、族議員が声を大きくしてくる可能性がありますが、その声に押されたら「アベノミクス」はダメになります。
安倍内閣の「アベノミクス」を起承転結でいえば、スタートにあたる「起」は今年4月頃まで。日銀が"異次元の金融緩和"に踏みきり、良いスタートになりました。現在は、戦略を打ち出している「承」です。そして「転」は参院選後、どこまで思い切ったことができるかにかかっています。安倍総理は参院選に勝って初めて、本当にやらなければならないことにとり組むことになります。
――小泉純一郎政権(2001~06年)では数々の大臣を歴任されました。参院選後、再び内閣に入る可能性はないのでしょうか。
可能性はゼロですね。マイナスといってもいい。私は自分の意志で、政治の世界を去った人間ですから。
――安倍政権の正念場は参院選後ということですね。お忙しい中、貴重なお話をありがとうございました。