2012年7月に公開され、340万人を超える観客動員を記録した細田守監督の最新作『おおかみこどもの雨と雪』のブルーレイ、DVDが2月20日に発売されました。この作品を劇場で一回見ただけでは味わえない面白さ、とりわけ映像ソフトを手に入れて何回も見る楽しみとその意義について、今回書いてみることにします。
『おおかみこどもの雨と雪』はおおかみの子どもを育てるファンタジー作品ではありませんでした。映像としては自然を四つ足で駆け巡る爽快さや、部屋をめちゃめちゃにする面白さなど、これもアニメならではの楽しみを生む要素はあるものの、作中の出来事はシビアでリアルです。この作品で描かれた結婚や出産、子育てへの不安は、現代の大多数の若者にとって切実な社会問題でもあります。それもあってか、純粋にエンターテイメントとしてのアニメ映画を予想して劇場に足を運んだ人は、予想外のものを目撃して、驚いたのではないでしょうか?
人に説明する時に、「こういう風に最後盛り上がって、面白かったよ」と説明することが難しい。シンプルに「いいお話でした」とは言いにくいと感じませんでしたか? そこでひとつ考えてみるべきことがあります。それは"アニメが目指す究極とは何だろう?"ということです。「泣かせる」「熱くする」「驚かせる」「感動させる」など、娯楽作品から得られる楽しみは色々ありますが、アニメ-ションにおける究極は「惚れさせる」ではないでしょうか。アニメの語源はanimate( 生命を吹き込む)です。生命があるというのなら、生きているモノに対する最上級の関係こそ究極だと思うのですが、いかがでしょうか。
『おおかみこどもの雨と雪』を見終えたあとの素直な印象は「登場人物に惚れた」という、人間に対する好意や尊敬、憧れでした。極端なことをいえば「こういうお話です」という部分は二の次で、花や雪、雨、そして現れるすべての登場人物の暮らしと未来をずっと見ていたい、そんな作品だったのです。ですから、出来事、盛り上がりやストーリー展開を求めて映画館に足を運んだ人は、期待していたものと違った、という感想を持ったかもしれません。
では、登場人物のどのあたりが魅力なのか? それは「韮崎のおじいちゃん」ひとりでほぼ説明できます。この頑固な老人は、都会からふたりの子を連れて田舎に移り住んできた花を、最初は快く思っていません。どうせきつい田舎暮らしが長続きするわけがないと考えている。それは観客の心情そのものでした。花は"おおかみおとこ"と恋に落ち、在学中に妊娠、出産します。これは勢いでやることをやっちゃった結果であり、決して共感しやすいものではない。生まれてくる子のことを考えていたのか? その場の気分の盛り上がりでいたしてしまった「一夜の過ち」ではないのか? 軽率な行為だったと思う人がほとんどかもしれません。
主人公・花には、極限状態に置かれた生命そのものの魅力がある
つまり"おおかみこども"の雪と雨を授かった花に対して観客は一度、「あーあ勢いでやっちゃって、これからどうすんだよ?」という、ダメな若者を見る視点になるのです。そしてそこから花の"戦い"が始まります。普通の人間の子ではないから産婦人科での出産もできない、人目を避けて育児をしなければならない、そうしていると夫は事故で死んでしまい、ひとりでどう育つかも分からない"おおかみこども"を抱えてしまう。やがて都会に住めなくなり、田舎で子育てしようと都落ちしていく。そんな花を見る観客の目は「韮崎のおじいちゃん」とほぼ同じ、この老人は観客の代弁者として花に容赦なく厳しい態度で接するわけです。
一方、花は自分が産んだ命への責任と真っ向から格闘します。乳幼児を育てる母親は24時間営業です。乳児は2時間おき、へたすると1時間おきに目覚めて泣きます。それが毎日、長ければ1年以上も続くのです。しかも雪と雨の2人の子供がいるわけですから、片方が寝てももう片方が起きることがある。ひとりで子供を育てるというのはとてつもない厳しさなのです。しかも誰にも頼れませんから、風邪で寝込んだだけで生活は破綻します。この極限状態において、花が子どもにキレたり、もう嫌だと泣いたりする場面はありませんでした。まずここに、花という女性の魅力があるといえるでしょう。
ですが、人間なんだから愚痴も言うだろうしキレたり泣いたりもするだろう、花は美化されて描かれているだけではないか、と感じた人もいると思います。では花の描き方に人としてのリアリティがないのかというと、そうではない。生物、子育て中の親というものは極限状況において信じられないような力を発揮することがあります。極寒の地で卵を温め続けるペンギン。あるいは子を守るため住処に近づくものをオス以上の凶暴さで襲う熊の母親、産卵のために驚異的な力で川をさかのぼる鮭などが例として挙げられるかもしれません。人間だって火事場のバカ力といって、普段持ち上がらないタンスを担いで逃げた、というようは話もあります。自分しか子を守る者がいないという極限状況において、花はそれに目覚めたのではないでしょうか。……続きを読む