それでも現実は過酷です。ボロ屋をリフォームし、食糧確保のため知識もないまま畑を耕し、子どもは言うことをきかず正体がバレそうになり。それでも花は文句を言わず、投げ出さず、ひたすら子どものために戦い続けます。そんな中、花は何度も「こまったなあ」という感情を含んだ笑みを浮かべる。この表情が実に「そそられる」のです。現に、「韮崎のおじいちゃん」はそそられてしまったわけです。「何とかしてやりたい」「力になってあげたい」そう思ってしまった。惚れてしまったのです。
花が見せた「根性」は、同時に「色気」でもあった
花が韮崎のおじいちゃんに見せたのは「根性」なのですが、それは同時に「色気」でもありました。農作業をして泥まみれの女に色気なんてあるのか、と若い人は疑問に思うかもしれませんが、彼女の生命体としての、子を守り育てる驚異的な強さは、異性にとって抵抗不能な色気なのです。韮崎のおじいちゃんは「この女は守らねばならない」という雄の本能がその色気を感じ取ったわけです。顔がかわいいとか、カラダがいいとか、そういう色気とは少し違います。究極的にはこの女と子孫を残したいという雄の生物的本能という意味では同じなのかもしれませんが。
そして色気というものは連鎖するもので、花に惚れた韮崎のおじいちゃんも、色気を漂わせる存在となっていくから不思議です。花の生き方に魅力を感じた彼がどんな人生を送ってきたのか、どんな女性と結婚し、どんな子を育て、齢を重ねてきたのか。興味が湧いてくるのです。人間は家族や他人の魅力に気付き、育てられ、愛し合い、新たな生命を育んでいく、そういうサイクルを持って生まれてきます。人を好きになることがすべての行動原理だと言ってもいいでしょう。細田守という監督は、過去の作品を見ても分かる通り、人と人が好きあう( 男女の恋愛に限らず)こと、好意に気付く過程を描く名手です。決してドラマティックなシチュエーションを理由とせず、日々の関係の中で熟成されていく人と人との心の変化。それは活劇としては地味すぎると言われかねないものですが、じわりと胸に染みてくる心地よさがあります。
「韮崎のおじいちゃん」は自分だけでなく、隣人たちも動かしていきます。人が人に惚れ、それが波紋のように広がっていく。花が移り住んだ田舎で起きた出来事は奇跡でも何でもなく、実はごく当たり前の、人の社会の有り様だ。そう書くと花が子育てに行き詰まった東京での生活は「ドライで冷たい」という都市生活への批判や社会風刺のようにも見えますが、そうではありません。人にはそれぞれ適した生き方、環境がある。それを選択することができる、ということです。それを体現するのが小学校という人の社会を気に入った雪と、おおかみが暮らす大自然を気に入った雨のふたりです。それぞれ違う世界に自分の居場所を求めて行く、それは自立への第一歩でもあります。花がかつて自分の力で雨と雪を育てなければ、と決意した時と同じように、ふたりも生活の場を選ぶという責任を負い、一歩を踏み出すというのが本作のクライマックスとなっています。母親の花よりも少し早くその決意の時が訪れたという差はあるものの、親子は同じように覚悟を胸に携え、「そそられる」色気を持ち始めるのです。
どうでしょうか、信じたい、信じてもらいたい人に自分の正体を打ち明ける雪、母親の元を去り、山の守り手となる道を選んだ雨に、あなたはそそられませんか?
また、「そそられる」色気というものは、成長と無関係ではありません。人は誰もが経験を重ね、生き方を見出し、子どもから大人に成長していくものです。あまり賢明ではなかった大学生の花の母親としての成長、誕生の瞬間からずっと描かれていく雨と雪の成長は、それイコール魅力を備えていくことでもあるわけです。そのプロセスを劇場では巻き戻して見ることはできませんから、映像ソフトでもう一度、いや何度も見て発見してほしいです。あの時、あの瞬間、生命の輝きは一瞬であったりもします。いいアニメにはそんな瞬間が何度も何度もありますから、それを見つけましょう。アニメを作る人間のこだわりや文字通り「入魂」はそこにあるといっても過言ではないでしょう。個人的には花の腰、雨の口、雪の眼差しに注目。おおかみおとこは手、でしょうか。そこに注目して見るだけでも「へえーっ」て思える瞬間がいくつも発見できると思います。
最後になりますが、もちろんこの作品を深く考えながら見ることも面白く、有意義だとお伝えしておきましょう。「学生デキ婚」「夫の急死」という予期せぬ形でスタートし、覚悟と根性で周りの人を動かし、子を親離れするまで育てていった花の生き様は、「結婚て辛そう」とか「花みたいな苦労はしたくない」という感想以上のものをお客さんの胸に残せたはず。ですがなかなかうまく消化しきれない難しさがあります。願わくばもう一度、いや二度三度と見て、もっともっと多くのことを感じて欲しいのです。もしも今、学生や若い独身社会人の皆さんにはこの作品が面白いと感じられなかったとしても、なら3年後に、5年後に、また見て欲しいのです。そして花たちの色気を感じて、憧れて、あなたも色気を持つ人になって、色気のある人と結ばれて欲しい。きっとできるはずです。だって色気は連鎖するものなのだから。
(C)2012「おおかみこどもの雨と雪」製作委員会
『おおかみこどもの雨と雪』
2013年2月20日リリース
Blu-ray 2枚組 7,140円(税込)
DVD2枚組 5,040円(税込)
Blu-ray+DVD ファミリーパッケージ版6,090円(税込)
発売・販売元:バップ
(C)2012「おおかみこどもの雨と雪」製作委員会
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