伝統の技で猛毒が珍味に

下手な調理をすれば、たちまち人を死出の旅路に誘う毒魚・フグ。毒の正体・テトロドトキシンはフグの体内に蓄積されるのだが、特に卵巣や肝臓は含有量が多い。加熱しても消えないというこの猛毒が含まれる卵巣を、珍味に変身させてしまう食品加工技術が石川県に伝承されている。

こちらが「フグの子の糠漬け」

石川県の伝統食品「フグの子の糠漬け」がそれである。原料は、日本海で水揚げされるゴマフグの卵巣。このままでは猛毒だが、たっぷりの塩に1年間ほど漬け込んだ後、米糠で漬け直し、イワシの魚醤を適宜注ぎながら熟成を重ねること3年間。乳酸菌や酵母などが作用して、さしもの毒素も分解され、風味豊かな石川県名物「フグの子の糠漬け」となる。1個1,000円程度で購入でき、多くのサイトでネット販売もしている。

ごはんにふりかけのようにかけてみる

「石川県ふぐ加工協会 検査済之証」の赤いシールが貼られたパッケージの封を開ければ、まず豊かな香りが鼻腔をくすぐる。米糠と魚醤が醸し出す香気は、あたかも上等なチーズのよう。まず表面の米糠をぬぐい落として表面の膜をはがせば、濃い琥珀色に染まった卵がパラパラにほぐれる。これをごはんにかけるか、箸先につけて舐めながら日本酒を味わうのが基本の楽しみ方。かなり塩がきいているので、厚さ5mmほどの小片で碗に一杯分の飯を食べられる。飯にのせて熱い茶を注ぎかけた「フグの子茶漬け」も、澄んだ茶の中で黄金色に輝く卵の一粒一粒が目に美しく、すすり込めば喉の奥で薫る。

もちろん、フグの子の糠漬けは和風のみならず洋風にもアレンジできる。茹でて潰したジャガイモに混ぜ込み、酢やオリーブ油で和えれば、「タラモサラダ」風に。ほぐしたフグの子をニンニクや唐辛子とともにオリーブ油で炒め、パスタを和えれば「フグの子スパゲティ」が楽しめる。

"自作"はご法度

さて、乳酸菌や酵母が毒素・テトロドトキシンを分解するメカニズムは現代科学でも十分には解明されていないといい、素人が真似をするのは危険きわまりないことである。くれぐれも釣ってきたフグの卵巣を糠味噌樽や塩麹に放り込み、フグの子の糠漬けの「自作」などされないように。