「若者の尻の穴」を食べる

「九州の有明海沿岸には、『若者の尻の穴』を食べる食文化がある」。

このように切り出せば、たちまちネット掲示板などは話題になるかもしれない。しかし残念(?)ながら、現地で実際に食されているのは人間のそれではなく、干潟に生息するイソギンチャクである。標準和名・イシワケイソギンチャク。有明海沿岸での方言名は「ワケノシンノス」。この「ワケノシンノス」を標準語に訳せば、「若い者の尻の穴」になるから恐ろしい。地元で古くから食材として愛されてきたワケノシンノスは、現在では水産物専門店で全国にネット販売されている。今回購入した商品は、送料込みで1kg4,200円。多少高価ではあるが、試食してみることにした。

海水につかったワケノシンノス

 

注文から数日後、ワケノシンノスが届く。漬けられた海水の中で灰褐色の肢体をだらしなく伸ばし、触手をフワフワ漂わせる姿はおよそ食欲をそそられるものではない。極端な魚介類嫌いが高じてか、水棲生物をモチーフにあらゆる邪神を創造したアメリカの怪奇作家の気持ちがよくわかるというものだ。そんなワケノシンノスをザルにあければ一瞬で丸く縮こまる。この状態で塩揉みしてヌメリを洗い流し、いよいよ調理に取りかかる。

水から上げると縮まっていく

切り開いて、タレに漬けた状態

味噌汁や煮付け、ムニエルに大変身

まずは現地でのスタンダードメニューである「味噌汁」と「煮付け」。創作メニューとして、縦に切り開いてタレに漬け、小麦粉をはたきつけた「和風ムニエル」。そして「酒蒸し」。「ワケノシンノス尽くし」の食膳を整え、ある程度覚悟しながら口に運ぶ。しかし、これが意外においしい。

小麦粉を薄くつけたムニエル

こちらはシンプルな酒蒸し

大根とこんにゃくとの煮付け

かたい外皮に歯を当てればカリッと快い感触のうちに噛み切られ、濃厚な旨味が口中に広がる。アサリの内臓か牡蠣にも似た、海中の栄養素を込めた芳醇な滋味に、食前の覚悟で胃に湧き上がっていた酸っぱいものは速やかに癒された。

調理のポイントは、「加熱しすぎない」ことだろう。煮過ぎればクタクタになり、外皮の歯ごたえが失われる。また、薄味に調味することがおいしさを引き出すコツと思われる。

名前と外見で損している典型例のワケノシンノス。命名者の感性が心から悔やまれる。