さて、ここで考えてみたい。「1999年に243年前の熟成酒を分析」ということは、つまり当時の国税庁醸造研究所が分析した熟成酒は、江戸時代から貯蔵されていたものということになる。実際に当時の書物にも熟成酒の作り方が記されており、「三・四・五年を経た酒は味が濃く、香が美く、最も佳い。六・七年から十年を経ているものは、味が薄く、気が厚く、色も深濃となり、異香があって尚佳い」とある(「本朝食鑑」平凡社、1976年刊)。

しかし明治時代に入ると造石税(製造した酒は即時に課税される。現在より重税)が導入され、酒税を払ってまで酒を熟成させることは不可能となった。市場から熟成酒が消えてしまった時代である。時代は進み、戦後になると出荷時に課税される蔵出し税へと変わる。これにより貯蔵期間中に課税されなくなったため、再び熟成酒が世に出回るようになっていった。

15年ほど前には、ソムリエの田崎真也氏が手がけた長期熟成酒も登場。洋酒の文化を取り入れた"日本酒のオーク樽熟成"に着手し、話題を集めた過去もある。

そんな長期熟成酒は、歴史のあるアイテムだけに現在出回っている商品の熟成年数は様々。長いものだと20年、30年を経過したものも登場している。1849年創業で「東力士」で有名な蔵元、島崎酒造(栃木県 那須烏山)では、1970年から熟成させてきた大吟醸が現存すると言う(購入は不可)。購入可能なものでは、「熟露枯1982年醸造」が現在のところ最古で、300mlが10,920円で販売されている。

島崎酒造は熟成場所が特徴的。1970年以降、第二次世界大戦時に戦車製造用工場として選ばれていた地下洞窟内で日本酒を熟成させている。洞窟内は年間平均で10度前後、湿度は90%以上となっており、約13万本に及ぶ日本酒が1日1日と熟成を深めている。「熟成酒にとって光や急激な温度変化は大敵」(島崎酒造広報・水沢有一氏)とのことで、地下洞窟が天然の熟成庫として利用されている。

島崎酒造が持つ洞窟貯蔵庫。夏でもひんやりとしている

島崎酒造では鑑評会への出品用につくった大吟醸を1970年当時より洞窟の中で寝かせてきたのだが、「精米歩合の高い大吟醸ゆえに雑味が少なく、幅広い層に受ける端麗な味わいに仕上がった」(水沢氏)。マニアだけではなく、一般のお客も同酒造の長期熟成酒に興味を示す理由がここにあるのだろう。

一方、熟成古酒の蔵元として有名な白木恒助商店(岐阜・岐阜市)の製造法は島崎酒造とは対照的。米をあまり削らずに米自体の旨みを溶かし込む純米タイプの熟成酒となっている。ワインにたとえるなら島崎酒造の熟成酒がブルゴーニュのシャルドネ、白木恒助商店のそれはボルドー地方の年代物、シャトー・ラトゥールといったところ。日本酒とだけ聞かされて飲み比べたら、その味わいの違いに驚かされることだろう。