2026年1月1日付で日本法人代表に就任

2026年1月1日付でAnalog Devices(ADI)の日本法人であるアナログ・デバイセズの代表取締役に就任した齊藤秀明氏。代表取締役就任以前は、同社のアジア太平洋・日本地域におけるインダストリアル分野のセールスリーダーを務めており、現在もその役割を兼務する形で、日本法人全体の営業・マーケティング、ステークホルダーマネジメント、法令順守、ブランド戦略などを担っている。

齊藤氏は、日本の半導体材料メーカーを経て2000年にアナログ・デバイセズへ入社。2007年からは大阪に拠点を移し、約20年にわたり営業の現場で顧客と向き合ってきた。2026年1月の代表取締役就任に伴い東京へ戻った形であり、本人も「この役割のために戻ってきた」と振り返る。

  • 齊藤秀明氏

    2026年1月1日付でアナログ・デバイセズの代表取締役に就任した齊藤秀明氏

前任の中村勝史氏は、ADI本社で技術畑を歩んできた人物であり、グローバルな視点から日本法人をけん引してきた。齊藤氏は中村氏から受け継いだものについて、「広い視点を持って、しっかりと顧客をサポートしていくこと」だとする。一方で、日本の顧客はローカルであり、戦略の遂行においては地域ごとのニーズを踏まえる必要がある。「考えるのはグローバル、実行はリージョナル。その連携を大切にしている」と語る。

ADIにとって日本は55年の歴史を持つ重要市場

ADIは1965年創業で、2025年に創立60周年を迎えた。日本での事業開始は1970年であり、日本法人としても55年の歴史を持つ。齊藤氏は、創業者であるRay Stata氏が日本の顧客の技術力と品質要求の高さに注目し、それに応えることでADI自身の技術水準と品質水準も磨かれてきたと説明する。

「日本の顧客は、技術的なクオリティが高く、品質要求も非常に高い。そこについていくことで、我々の技術レベル、品質レベルも磨かれてきた。未だにその姿勢は変わっていない」(同)。

筆者が前任の中村氏に以前伺った話の中にも、ADIにとって日本は単なる販売地域ではなく、技術力が要求される市場であり、顧客とともに技術を高めていく場であるという発言があった。齊藤氏もその認識を引き継ぎつつ、特にフィジカルAI時代において、日本はこれまで以上に重要な地域になると見る。

フィジカルAI時代に訪れたアナログ半導体の好機

齊藤氏は、自身が日本法人の代表取締役に就任したタイミングについて「非常にラッキーだった」と語る。その理由は、AIの活用がサイバー空間での画像生成や自然言語処理にとどまらず、物理世界へと広がり始めているためだ。

「AIが物理世界、我々が実際に生活している世界に降りてきている。ADIはAD/DA変換、センシング、アクチュエーションを通じて、物理世界とデジタル世界の間でビジネスをしてきた。まさにテクノロジー面で好機が訪れている」(同)

ADIが掲げる「インテリジェントエッジ」は、物理世界で得られるアナログ情報を取得し、意味のあるデータへ変換し、必要に応じて現実世界へデータの処理結果を戻す領域である。生成AIがサイバー空間で確率的に情報を扱うのに対し、物理世界ではモーターを90度だけ回す、車両を安全に止める、医療機器で正確に計測する、といった確定的な制御が求められる。そこにはセンシング、電源、アクチュエーション、制御、低消費電力処理といったアナログおよびミクスドシグナル技術が不可欠になる。

日本の強みはエンドユースケース起点のすり合わせ

フィジカルAIの実装では、単に高性能な半導体を用意すれば済むわけではない。齊藤氏は、日本企業の強みとして、エンドユースケースから逆算して必要な技術を組み合わせる「すり合わせ」の力を挙げる。

米国や中国ではヒューマノイドロボットそのものが注目されるが、日本では「何をロボットに解決させるのか」という課題起点で検討が進む場合が多い。例えば物流、調理、点検、保守、製造ラインなどでは、必ずしも人型である必要はなく、用途に合った形状や制御方式が選ばれる。

「日本の顧客は、エンドユースケースから始まる。長年の産業ロボットなどの経験から、エンドユーザーの課題を多く持っている。そこに対して、どういう環境認知、どういうモーター制御、どういうアクチュエータ制御があれば課題を解決できるのかを一緒に考えていく」(同)

ADI単体で完結するわけではない点も強調する。モーター、センサー、ソフトウェア、モジュール、システムインテグレーションなど、多くのパートナーと組み合わせることで初めて価値が生まれる。齊藤氏は、半導体単体のコンポーネントビジネスを継続しつつ、顧客課題に応じてサブシステムやモジュールとして提供する動きも強めていくとする。

自動車ではA2BやGMSL、パワー技術を軸に展開

自動車分野はさまざまなアナログ半導体技術の集合体であるが、そうしたニーズに同社は車載用オーディオバス「A2B(オートモーティブ・オーディオ・バス)」やギガビット・マルチメディア・シリアルリンク(GMSL)といったネットワークソリューションとパワーマネジメントIC(PMIC)など、幅広くかつ独特の製品ポートフォリオで強みを発揮してきた。

最近、電気自動車(EV)の需要には一部で減速感もあるものの、車両の制御、自動運転、通信、バッテリーマネジメント、車載ネットワークなどは、動力源が何であっても必要になる。A2Bについては車載オーディオやセンサ接続などで事実上の標準的な位置付けを強めており、GMSLについても顧客要望を受けて規格のオープン化を進めている。

今後、SDV(ソフトウェア・デファインド・ビークル)やADAS(先進運転支援システム)、自動運転などの実現に向けて車両のエレクトロニクス化が進むほど、車載システムには高精度なセンシング、低遅延通信、安定した電源供給、安全な制御が求められる。ADIとしては、OEM、ティア1、エコシステムパートナーを含めて、自動車全体をシステムとして捉えた提案を進める考えだ。

エネルギー、データセンター、医療にも広がるインテリジェントエッジ

齊藤氏は、GX(グリーントランスフォーメーション)やエネルギー領域についても、日本市場での期待が大きいとする。特にデータセンター関連では、国内企業がデータセンター内で使われるシステムを手掛ける動きもあり、GPU周辺の電源供給、DC高電圧からポイント・オブ・ロードまでの電力変換、光通信の省電力化などでADIの技術が活用される余地が広がっている。

また、発電所の制御、太陽光発電、製造装置の消費電力計測、AC/DC、DC/DC変換、さらにはSMR(小型モジュール炉)など、エネルギー関連の用途は多岐にわたる。医療分野でも、院外で臨床レベルの測定を実現するためには、高精度なアナログ計測と低消費電力デバイスが必要になる。

前任の中村氏は、デジタルツイン時代には「いかにアナログでデータを生み出し、アナログに戻すか」が重要になると語っていた。齊藤氏の言うフィジカルAIも、その延長線上にある。サイバー空間と物理空間をつなぐうえで、アナログ半導体の役割はむしろ拡大している。

顧客起点でサプライチェーンと長期供給にも対応

不確実性が高まる中、サプライチェーン強靭化も重要なテーマとなる。齊藤氏は、ビジネス継続性を担保するため、キャパシティ投資、ダイバンクの確保、社外ファブと社内ファブの柔軟な使い分け、地域分散などを進めていると説明する。

同時に、過剰在庫は最終的に顧客コストへ跳ね返るため、主要顧客とは長期フォーキャストやオーダーについて直接情報交換を行い、適正在庫を維持することを重視する。

アナログ半導体では、古い製品を長期にわたって使い続ける顧客も多い。インフラや産業機器では、製品ライフサイクルが長く、簡単に置き換えることができないためだ。ADIとしても、可能な限りEOL(End of Life)を避け、長期供給を続ける方針を維持する。ただし、古い製品を維持するには製造装置の保守や対応できるエンジニアの確保も必要で、単に減価償却済みだから利益率が高いという単純な話ではない。顧客と協力しながら、継続供給に必要な体制を整えていく。

カスタマーセントリックにアンビションを加える

齊藤氏が大切にする言葉は、まず「カスタマーセントリック」である。約25年にわたる営業経験の中で、顧客のシステムの中身を知ることが楽しく、そこから学び続けてきたという。

その上で、最近は「アンビション(ambition)」を強く意識していると語る。ADIの元CEOであるJerry Fishman氏が語った「将来の成功は、野心の大きさによって決まる」という考えに影響を受けているためだ。

「これは売り上げの話ではない。顧客と一緒に、どんなに難しい社会課題が来ても、それを解決して社会に貢献していくというアンビションだ」

日本には今、フィジカルAI、GX、高齢化対応、労働力不足の解消、医療の高度化など、多くの社会課題と技術機会が同時に存在する。齊藤氏は、そこに向き合う大手企業だけでなく、破壊的イノベーションを目指すスタートアップやベンチャーにも関心を示す。

フィジカルAI時代の駆け込み寺へ

齊藤氏が目指すADIの姿は、「物理世界と仮想世界の架け橋」である。単なるAD/DA変換やセンシングにとどまらず、取得したデータを意味ある情報へ変え、必要な制御を現実世界へ戻す。そこにインテリジェンスを持たせるのが、ADIのインテリジェントエッジの方向性となる。

もちろん、ADIがすべてを自前で提供するわけではない。高性能ロジックやFPGA、モジュール、ソフトウェアなど、必要に応じてパートナーと組み合わせる。重要なのは、顧客が抱える課題に対して、最適な技術を選び、システムとして成立させることだ。

「フィジカルAIを取り込んで社会課題を解決しようという目論見を持つ方がいれば、ぜひ相談してほしい。必要なエコシステムを巻き込み、日本全体の活性化に貢献していきたい」(同)

中村氏の時代に語られた「アナログで始まり、アナログで終わる」という考え方は、齊藤氏のもとで「物理世界と仮想世界の架け橋」として、フィジカルAI時代のソリューションへと広がろうとしている。日本の顧客が持つこだわり、すり合わせ力、技術への要求の高さは、ADIにとって今後も重要な成長の源泉であり続けることになりそうだ。