米IBMは7月30日(現地時間)、Algorithmiq、Qedma、シカゴ大学との共同研究成果を発表し、「信頼できる量子計算(Trusted Quantum Computation)」による量子優位性(Quantum Advantage)を実証したと発表した。3件の研究はいずれも異なるアプローチを採用しているが、共通しているのは古典コンピュータでは再現困難な計算を実行すると同時に、その結果の信頼性を裏付ける手法を示した点だ。発表に先立ち、IBMとAlgorithmiq、Qedmaがメディア向けに説明を行った。

  • 左下がDirector of IBM Research and IBM FellowのJay Gambetta氏、左上がQedma 共同創業者兼CTOのNetanel Lindner氏、右上がAlgorithmiq 共同創業者兼CEOのSabrina Maniscalco氏

    左下がDirector of IBM Research and IBM FellowのJay Gambetta氏、左上がQedma 共同創業者兼CTOのNetanel Lindner氏、右上がAlgorithmiq 共同創業者兼CEOのSabrina Maniscalco氏

これまで量子優位性の議論では「古典コンピュータより速く計算できるか」が主な焦点だった。しかし、計算結果を古典的に検証できなければ、その結果をどこまで信頼できるのかという課題が残る。IBMは今回、量子優位性を単なる性能競争から科学的に信頼可能な計算基盤へと発展させる成果だと位置付けている。

Algorithmiqとの研究では「検証不可能な結果の信頼性」に挑む

Algorithmiqとの研究では、異種量子材料(Heterogeneous quantum matter)のシミュレーションを実施した。対象となる問題は、Quantum Advantage Trackerで公開されてから8カ月が経過した現在も、最先端の古典シミュレーション手法で再現できていないという。

研究チームは量子回路に対して、ノイズ条件を意図的に変化させる実験を繰り返し実施。ノイズ注入やゲート較正の変更、複数のIBM Quantumプロセッサでの実行などを通じて結果の安定性を確認し、量子コンピューターが信頼可能な解を生成している証拠を示した。

  • 量子計算と古典シミュレーションの結果を比較。古典計算が一致しない領域に到達していることを示す

    量子計算と古典シミュレーションの結果を比較。古典計算が一致しない領域に到達していることを示す

また、同社は量子優位性の主張を第三者が検証できるよう、分子基底状態シミュレーション向けの古典計算手法「monoprop」をオープンソースとして公開。量子優位性を信じるのではなく検証できるものへと変えていく狙いがある。

Qedmaはエラー緩和技術で74量子ビットの材料シミュレーションを実現

一方、Qedmaとの研究では、同社の量子エラー低減技術「QESEM」を用いて、最大74量子ビットのシステムにおける量子ダイナミクスを解析した。対象となったのは二次元Floquet Isingモデルで、物質の磁気特性が周期的な外部パルスによってどのように変化するかを調べるものだ。

研究チームは理化学研究所およびBlueQubitと連携し、スーパーコンピュータ「富岳」を含む複数の古典シミュレーション手法と比較した。その結果、時間経過とともに複雑化する量子状態について、古典計算では一貫した結論を得られなかった一方、エラー緩和を施した量子計算では安定した結果が得られたとしている。

  • QESEMによる誤差緩和後の量子計算が、古典シミュレーションでは追跡困難な領域まで解析した

    QESEMによる誤差緩和後の量子計算が、古典シミュレーションでは追跡困難な領域まで解析した

この成果は、市販の量子ハードウェアおよびソフトウェアのみを用いて量子優位性を実証した初めての事例の1つとして位置付けられている。IBMは、量子コンピューターが将来的な先端材料開発や光誘起超伝導体の研究などに活用できる可能性を示したという。

シカゴ大学との研究では70論理量子ビットを実証

シカゴ大学との共同研究は、誤り訂正技術そのものを前面に打ち出した内容だ。研究チームは新たな誤り訂正方式を利用し、70個の論理量子ビットによる計算を実行した。論理量子ビットは、物理量子ビットを冗長化することでエラー耐性を高めた量子ビットであり、将来のフォールトトレラント(無停止)量子コンピュータの基盤技術とされている。

今回の実験では、2415回の論理2量子ビットゲート演算と468回の論理Tゲート演算を実施。研究チームによると、論理エラー率は物理エラー率の10分の1に抑えられ、高い忠実度を維持したまま計算を完了したという。また、同じ問題を古典シミュレーションで解こうとすると現実的でない計算時間が必要になる一方、IBMの量子コンピューターは15分未満で処理を終えた。

  • 70データ量子ビットと27補助量子ビットを用いて高忠実度な量子計算を実証。信頼性の下限値も示した

    70データ量子ビットと27補助量子ビットを用いて高忠実度な量子計算を実証。信頼性の下限値も示した

実用化へ向けて問われるのは「速さ」から「信頼性」へ

今回発表された3件の研究は、材料シミュレーション、エラー緩和、誤り訂正という異なるテーマを扱っている。しかし、共通するメッセージは明確だ。量子コンピューターが古典コンピューターを上回る性能を示すだけでは十分ではなく、その結果をどのように信頼するかが次の課題になっている。

IBMは、これまで量子優位性の実証を進めてきたが、今回の発表では一歩踏み込み、「信頼できる量子計算」という概念を打ち出した。量子コンピューティングが科学研究や産業利用に本格的に活用されるためには、性能だけでなく、結果の正当性を証明する仕組みが不可欠だ。今回の3本の研究成果は、その実現に向けた重要な節目として位置付けられそうだ。