理化学研究所(理研)、東北大学、東京大学、住友化学の4者は6月23日、強誘電性を示す「鉛フリーハライドペロブスカイト」の薄膜において、可視光域での巨大な光電流応答を観測したと共同で発表した。

  • 「シフト電流」発生のイメージ

    強誘電性ハライドペロブスカイト薄膜への可視光照射による「シフト電流」発生のイメージ。(出所:共同プレスリリースPDF)

同成果は、理研 創発物性科学研究センター(CEMS) 強相関界面研究グループの三木孝馬研修生(現・東大大学院 工学系研究科 大学院生)、同・中村優男上級研究員(現・理研 最先端研究プラットフォーム連携(TRIP)事業本部 強相関材料環境デバイス研究チーム 客員研究員/東北大大学院 理学研究科 教授)、同・川﨑雅司グループディレクター(理研理事/東大大学院 工学系研究科 教授兼任)、CEMS 物質評価支援チームの足立精宏基礎科学特別研究員、同・橋爪大輔チームディレクター、CEMS 創発光物性研究グループの小川直毅グループディレクター(TRIP 事業本部 強相関材料環境デバイス研究チーム 副チームディレクター兼任)、CEMS 強相関物性研究グループの十倉好紀 グループディレクター(東大 卓越教授/東大 国際高等研究所東京カレッジ)、TRIP 事業本部 強相関材料環境デバイス研究チームのボッセ・ガーバン テクニカルスタッフI(CEMS 強相関物質研究グループ テクニカルスタッフI兼任)、同・岡本敏チームディレクター(住友化学 コーポレート研究業務部 研究企画統括)、東北大大学院 理学研究科の山田朝陽大学院生らの共同研究チームによるもの。詳細は、米国科学アカデミーが刊行する、科学の全領域をカバーする総合学術誌「PNAS」に掲載された。

環境調和型光電変換材料の実現に向け前進

日本発の次世代太陽電池として注目されるペロブスカイト太陽電池は、軽量かつフレキシブルで透明性も高いなどの利点を有する。そのため、建物の壁や窓、トタン屋根、電柱など、これまでのシリコン太陽電池では重量や硬さの制約から設置できなかった場所への利用が期待されている。また、弱い光でも発電できる低照度特性から、屋内での利用など、環境発電用途も検討されている。

しかし最大の課題は、光吸収層の主要材料であるペロブスカイト構造を持つハライド(ハロゲン化物)に、環境負荷や人体への毒性が高い重金属の鉛(Pb)が利用されている点だ。実用化への大きな懸念を解消するため、鉛をスズやゲルマニウム(Ge)などに置き換えた鉛フリーハライドペロブスカイトの研究が進められてきたが、鉛以外では発電効率が大幅に低下する点がボトルネックとなっていた。

そうした中、鉛フリーでありながら優れた強誘電性を示すゲルマニウム系ハライドペロブスカイトが注目されている。強誘電体のように空間反転対称性が破れた物質では、電子波動関数の量子幾何学効果に由来する「シフト電流」と呼ばれる光電流が発生する。同電流は、従来の太陽電池に必須の半導体のp-n接合を必要としないのが特徴だ。そのため、欠陥や不純物による散乱の影響を受けにくく、超高速応答を示すことなどから、デバイスの高性能化につながる新しい光電変換原理として期待されている。

その1つである「ヨウ化ゲルマニウムセシウム」(CsGeI3)は、大きな強誘電分極と太陽光吸収に適したバンドギャップを併せ持ち、大きなシフト電流の発生が見込まれている物質だ。しかし、従来の溶液法では結晶性や均一性に優れた薄膜の作製が困難であり、その詳細な光電物性は未解明であった。

そこで研究チームは今回、まずハライド薄膜の成長に最適化した分子線エピタキシー装置を独自に開発。結晶方位のそろった高品質なCsGeI3のエピタキシャル薄膜を作製し、その物性を詳しく調べたという。

  • CsGeI3薄膜で観測された光電流応答

    独自開発の分子線エピタキシー法で作製された、CsGeI3薄膜で観測された光電流応答。(A)分子線エピタキシー法によるCsGeI3高品質薄膜作製の概念図。(B)作製された薄膜積層構造と光電流測定の概念図。基板にはフッ化バリウム(BaF2)が用いられ、CsGeI3薄膜の表面はフッ化鉛(PbF2)で保護されている。また、光電流測定のため電極として金が蒸着された。(C)観測された光電流の光子エネルギー依存性(上)。先行研究の第一原理計算によるシフト電流の光子エネルギー依存性(下)。縦軸の単位「μAV-1」は、1ボルトあたりの光電流(マイクロアンペア)を示す。(出所:共同プレスリリースPDF)

具体的には、まず、薄膜試料に光を照射し、外部電圧を加えない条件で発生する「無バイアス光電流」の測定が実施された。光電流は、CsGeI3のバンドギャップに対応する約1.6eVから立ち上がり、2.9eV付近で符号が正から負へと反転、その後3.0eV付近で負のピークが示された。このような符号反転は、電極近傍の電場などで生じる通常の光電流では説明がつかないため、シフト電流に特徴的な振る舞いとされた。

さらに、先行研究での第一原理計算から導き出されたシフト電流のスペクトルと実験結果の比較が行われた。その結果、符号反転や負のピークなどの特徴がよく一致していることが確認され、観測された光電流がシフト電流であることが実証された。

また、薄膜に電場を加えて強誘電分極の向きを制御すると、電場の向きに応じて無バイアス光電流の大きさが可逆的に変化することも確認された。この挙動は、観測された光電流がCsGeI3の強誘電分極と密接に結びついたシフト電流であることをさらに裏付ける結果となった。

加えて、CsGeI3薄膜で観測されたシフト電流応答と、既報の代表的な物質との比較が行われた。その結果、可視光域での性能指数が従来値を1桁以上上回ることが判明。この結果は、CsGeI3が極めて高いシフト電流発生能を持つことを示すものであり、強誘電性ハライドペロブスカイトが次世代光電変換材料の有力な候補であることが確かめられた。

  • CsGeI3と既報物質のシフト電流性能指数の比較

    CsGeI3と既報物質のシフト電流性能指数の比較。今回のCsGeI3薄膜で観測されたシフト電流応答を、これまで報告されている代表的な物質と比較したグラフ。可視光域で性能指数が1桁以上上回っている。(出所:共同プレスリリースPDF)

今回の研究では、鉛フリーのCsGeI3の高品質エピタキシャル薄膜を作製し、可視光域で既報物質を1桁以上上回る巨大なシフト電流の観測に成功した。この成果は、強誘電性と可視光吸収を兼ね備えたハライドペロブスカイトが、量子幾何学に基づく新しい光電変換材料として高い可能性を持つことを示すものだ。

今後は、薄膜の結晶性、歪み、強誘電ドメイン構造を精密に制御することで、シフト電流のさらなる増強や電場による光電流制御が期待される。また、鉛フリーの環境調和型材料として、次世代太陽電池、次世代高速通信用光検出器、テラヘルツ帯高速光電変換デバイス、非線形光学素子への応用展開も期待されるとしている。