豊富な車載マイコンラインナップにRISC-Vをさらに追加するインフィニオン
Armの対抗馬として期待されるRISC-V。さまざまな企業がさまざまな思惑で徐々に活用を進めている。そうした中、Infineon Technologiesの日本法人であるインフィニオン テクノロジーズ ジャパンが9月30日、顧客向けセミナー「RISC-Vマイコンと車載アプリケーションの未来:インフィニオンのビジョンとエコシステムの構築」を開催し、自動車分野における同社のRISC-Vに対する考え方を来場者に示した。
インフィニオンは現在、車載分野でマイコンをはじめ、パワー半導体などをソリューションとして展開することで世界的に強さを見せており、日本でも事業を拡大している。車載マイコンのラインナップとしても、従来より手掛けてきたTriCoreアーキテクチャを採用する「AURIX」、Armマイコンの「Traveo」(元々は富士通セミコンダクターの製品。その後Spansionが2013年に同事業を買収。Spansionは2015年にCypress Semiconductorに買収され、そのCypressを2020年に買収したのがInfineon)、そして旧CypressのPSOCと、買収した製品群を含めて3つのラインナップを提供してきた。
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インフィニオンの車載マイコンポートフォリオ。従来のAURIX、Traveo 、Auto PSOCに、AURIXブランドでRISC-Vが追加されることとなる (提供:インフィニオン、以下すべてのスライド同様)
さらに同社は2025年8月にMarvell Technologyの車載イーサネット事業の買収を完了したことを発表しており、日本法人インフィニオン テクノロジーズ ジャパンの代表取締役社長である神戸肇氏は、「(RISC-Vも含めて)顧客の用途に応じて最適なコアを提供していく方針に加え、Marvellの高速ネットワークとInfineonのマイコンを組み合わせることでSDVのゾーンアーキテクチャへの移行を容易にできるようになる」と、複数のマイコンシリーズとネットワークソリューションを組み合わせることで自社の強みが増すことを強調する。
オープン化が支えるエレクトロニクス産業の発展
そうした同社の取り組みの中でRISC-Vがどのような立ち位置となるのか。
インフィニオンの日本法人でバイスプレジデント 社長補佐を務める後藤貴志氏は、「ベンダーロックインになると、特定ベンダーに依存することとなり、調達などに問題が生じる場合がある。これがオープンスタンダードとなるとプラットフォームがオープン化され、特定企業に依存せずに標準的なシステムとして活用できるようになる。オープン化されることでコミュニティが活性化して、新たな開発が進み、(その開発を通じて)新たなコミュニティを生み出し、コンピューティングプラットフォームの拡大を推進してきた。オープン化によってインタフェースがオープンになることで、こうしたことが起こるようになる」とオープンスタンダードのメリットを強調するほか、「ハードウェアについても、ロックイン時代は使えるハードウェアに限りがあったが、オープン化により制限が緩和され、固定されたプラットフォームに縛られることなく、いろいろな機能を実現できるようになる自由度が増す。さらにその先に柔軟性があり、どういう構成かを理解できるとカスタマイズできたり、アイディア時点で適したハードウェアがなくても先にカスタマイズをして、新たなハードウェアを生み出すこともできるようになる。イノベーションを起こすにあたって、制約条件が少数のハードウェアベンダに縛られているよりオープン化されることで参加する人が増えることは有利に働く」と、イノベーションを生み出すにあたっても有利に働くとする。
RISC-Vについても徐々にではあるが、エコシステムの構築が進んでおり、ハードウェア、ソフトウェアともに開発環境などの整備が進んできたほか、コミュニティについても世界的にはRISC-V International(もともとはRISC-V Foundation。2020年に米国からスイスに拠点を移し、名称を変更)および日本ではRISC-V協会が管轄する形で世界各国でコミュニティが形成され、盛んに開発などの検証が行われるようになっている。「命令セットがオープンスタンダードとして定められており、どこが創っても同じものを基本として動かせるし、カスタマイズして新たなコンピューティングプラットフォームを実現する流れを生み出せる。結果としてベンダ依存の制約を超えて、開発者の自由度を高める新たな選択肢になると考えられる」(同)と、現在のエレクトロニクス産業のニーズにマッチするとしている。
車載分野でも活用が期待されるRISC-V
では、車載分野ではRISC-Vはどういった活用がなされるのか。同氏は「ADAS、自動運転、xEVなどの分野で拡大していくとみている」と、その応用領域を説明。車載分野はRISC-Vにとって、重要な可能性領域としてとらえているとする。
Infineonも、RISC-Vを車載分野の新たなオープンスタンダードとするべく取り組みを進めてきており、今回同社が開催したイベントもその一環。当日は350名ほどの応募があり、300名を超す来場があるなど、車載分野に対するRISC-Vの活用への期待の高さが浮き彫りとなった。
同社が従来のマイコン製品群に加えてRISC-Vにも取り組むことについてInfineon Technologiesのオートモーティブ事業部Software, Partnership & Eco-system Management担当シニア ディレクターのトーマス・シュナイド氏は、「OEMやティア1からオープンスタンダード化の要望があるのが(InfineonがRISC-Vに取り組む)背景。しかしRISC-Vに取り組むからといって、これまでの自社の優位性を捨てるわけではなく、これまでの経験を基礎として活用していく。ディペンダビリティ(信頼性)の部分がそれで、その意味としては最先端技術、品質、安全、ライフサイクルなどを車載分野で活用していくことを意味している。Infineonはディペンダビリティという理念を掲げて、オープンスタンダードの導入に取り組んでいく」と、その意義を説明する。
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Infineon Technologiesのオートモーティブ事業部Software, Partnership & Eco-system Management担当シニア ディレクターのトーマス・シュナイド氏
なぜオープンスタンダードの推進がOEMやティア1からあるのか。その点について同氏は標準化を進める必要性が生じていることを強調する。自動車のエレクトロニクス化の進展で開発の複雑化が増す中、SDVへの対応も求められ、そうした中で開発期間を削減し、コストやそのほかのリソースの効率化を図る必要が生じているためであるとする。
では、どのようにそれを達成するのか。自動車産業は競争が激しい分野で、そこでRISC-Vが求められる状況となるためには競合他社とコラボレーションを進めていくことが最適という判断のもと、Robert Bosch、Nordic Semiconductor、NXP Semiconductors、Qualcomm Technologies、STMicroelectronicsの5社と協力する形で合弁会社「Quintauris」を2023年12月に設立(STMicroelectronicsは設立時には参画しておらず、2024年9月に参画)し、RISC-Vの標準化の加速を目指した取り組みを進めてきており、すでに最初のスタンダード「RT-Europe」を2025年3月に発表済みである。
「このやり方の重要な部分は、ダイナミックな業界の動きに対して、各社個別で動くと細分化される可能性がある。それは標準化の対極にあるものである。現状、Quintaurisは、プロファイルレベルにあっては命令セットを構築し、グローバルレベルにあっては、標準化を進めることを推進している」と同氏はその取り組みの基本路線を説明。これにより開発期間の短縮、ならびに効率化が進み、コスト削減を実現できるようになり、アーキテクチャレベルに加えて、柔軟性をエコシステムの中に持たせることも狙えるようになるとする。
エコシステムの育成は3段階
Infineonでは、エコシステムの育成については3段階で考えているという。1段階目は基礎作りの段階で2024年の取り組みで、ツールを提供する各企業をまとめた形のファウンデーションを形成した。2025年ならびに2026年の2段階目は重要なソフトウェアスタックの構築であり、ここからグローカリゼーションを推進し、それぞれの戦略的地域に赴いて、そこの固有ニーズはどのようなものかを洗い出し、必要なサポートは何かを話し合うこととなる。この取り組みは将来的にも継続して行われ、新たなスタンダードの誕生につなげたり、よりリッチな環境構築につなげていくものとなるとする。そして2027年以降の3段階目は全体をカバーできるエコシステムやハードウェアを巻き込む形で成長させていく段階で、こうした考えを踏まえ、同社では2025年3月に「Drive Core」という技術を発表した。
Drive Coreはどういったものかというと、詳細は明らかにされていないがInfineonが提供する機能部分に、同社以外の機能も含めて1パッケージに集積しようという仕組み。「顧客にとって何を意味するかというと、使い勝手が良く、開発期間の短縮がえき、概念検証から生産まで短時間で移行しやすくなる」(同)とのことで、この考え方をRISC-Vのみならず、あらゆるハードウェアに導入していくとする。おそらくは、日本の自動車用先端SoC技術研究組合(Advanced Soc Research for Automotive、ASRA)」が進める車載用チップレットと似たような考えのものと思われる。同氏は、この取り組みについて、日本のパートナーが不足しているとし、広くパートナーを募集していきたい意向を示す。
また、Quintaurisはアプリケーションプロセッサ、マイクロコントローラ、リアルタイムprocessorという3種類のプロセッサIPを提供することを予定しているが、実際にハードウェアに搭載され、提供されるようになるまではまだ時間がかかるため、仮想環境を利用して基本的な仮想マイコンと最低限必要な開発環境の提供として、SynopsysのARC-Vをベースとしたバーチャルプロトタイプ(VP)を核としてAURIX(RISC-VはAURIXブランドで提供される)のバーチャルプロセッサを稼働させてアーキテクチャの開発と評価を可能とするデモンストレーターを提供済みとする。
「このプロトタイプも進化を続け、よりよいツールへと発展していく。現在、エコシステムの中で使うだけでなく、顧客の方でもイノベーションを生み出すツールとして活用されるようにもなってきた」(同)としつつも、イノベーションのライフサイクルの中にあっては、まだ初期段階ではあるとする。ただし、すでにグローバルで多くのOEM、ティア1が評価を進めており、中でも日本のティア1がもっとも多く、戦略的な技術の評価を他社に先駆けて進めていこうという姿勢が見えるという。
インフィニオンとしても、そうした顧客に対するサポートの推進を進めており、このトレンドを後押ししようとしているとする。
なお、同氏は「エコシステム全体として顧客が新たな 世界に移行する手伝いをいきたい」と語っており、Quintaurisや競合他社を含めて新たな環境の構築を推進し、顧客がSDVを開発していくことを全力でサポートしていくと、自社の今後の方向性を示していた。










