米国とイスラエルのイラン攻撃からはじまった中東紛争は、想定以上に長引いている。ホルムズ海峡の通過制限もあって原油だけではなく、半導体生産に必須のヘリウムまで滞っている状況だ。
ソニーやキオクシアといった国内半導体大手は「足下では調達に問題は出ていない」と説明しているが、紛争がさらに長期化すれば事情が一変しそうだ。特に、最先端AI半導体を造るEUV(極紫外線)プロセスの材料は代替が難しいうえ、長期保存も利かない。改めてサプライチェーンの見直しが迫られている。
ナフサ問題に見る「フォトレジスト」供給のシビアな現状
包装フィルムや印刷インクの不足・高騰が連日報道されているが、実はそれ以上に深刻なのが、AI社会を支える先端半導体への影響だ。ナフサ由来のフォトレジストや溶剤、成膜材料といった電子材料が高騰するだけではなく、調達困難にまで進めば、影響はDRAM不足どころでは済まない。
特に、スマートフォンやデータセンターに使われるCPU(中央演算装置)やGPU(画像処理装置)などの生産に使われる、EUVリソグラフィ(回路転写)材料の調達は、先行きが楽観できない。
日本にはEUVが必要な先端半導体の量産工場がないこともあって、「足下影響はみられない」状況だが、次世代プロセス品の量産を拡大中のTSMCやサムスン電子、インテルは万が一の事態を考えざる得ないだろう。
EUVプロセス材料は顧客ごとにつくり込まれていて、お菓子の包装フィルムのようには切り替えられない。たとえば、日本勢が市場を独占するEUVフォトレジストは多くの特殊な薬液を使うが、どれかひとつだけでも代替することになれば、製品変更通知(PCN)に1年かかる可能性もある。
業績が絶好調の東京応化工業は2026年1〜3月期、EUVとArF(フッ化アルゴン)を合わせた先端フォトレジストの売上構成比が40%に達しており、「今は材料の調達に不安はない、調達先を多角化してきたことの効果がでている」(同社)。しかしフォトレジスト原材料のサプライヤーは、もっとシビアな状況にあるようだ。
多くのフォトレジストメーカーに薬液を供給する東洋合成工業は、現状について「安定供給はできているが、コストアップ分の価格転嫁が重要になっている」と話す。特に、製品を受託先とは異なるところに納める場合、コストが大事になる。ナフサ由来の原材料は品目ごとに価格上昇率が大きく異なるため、同社は調達先の複数化や在庫管理の適正化を図っているところだ。
半導体材料は金属不純物や微粒子、水分などに高度の管理が求められることから、長期保管できる性質のものではない。溶剤は変質しないよう、精緻な温度管理が必要だ。また、保管可能期間は品目、容器、環境、仕様によって異なる。
ヘリウムや薬液、電力の安定供給に奔走する各社
EUVプロセスは天然ガス由来のヘリウムも大量に使う。波長13.5ナノメートルのEUV光を作り出すには、スズの液滴にレーザーを照射して、摂氏30万度以上のプラズマ状態にしなければならない(LPP法)。これには膨大な電力が必要で発熱も大きいため、冷却に大量のヘリウムが使われる。蘭ASMLは、光源出力を600Wから1,000Wにまで高める計画を掲げており、さらに多くの電力とヘリウムが必要になる見通しだ。
日本はヘリウムを主に米国と中東カタールから輸入している。紛争の影響がない米国から多くを輸入する日本酸素ホールディングスは、「足下ではひっ迫感はでていない」。だが自社顧客への安定供給を優先していて、シェア拡大につながる新規顧客を開拓するまでの余裕はない。
分子が小さいためリーク検査にも多用されるヘリウムは、専用の特殊容器でも数週間の保管が限界とみられる。経済産業省は4月、輸入が途絶えた中東品を米国品に切り替える方針を発表したが、どこまで実現できるか実効性が注目されている。
半導体業界にとって薬液もヘリウムも適当な代替物が見当たらないうえ、長期保管が難しいところにボトルネックがある。このため中東紛争が長引けば、とくにEUVプロセス生産ラインを抱えるメーカーにとっては深刻な局面が懸念される。
ファウンドリー最大手のTSMCは、2026年1〜3月期の決算会見で中東情勢に触れ、一部の化学薬品やガスの価格上昇が収益に影響する可能性があるとした。しかし資材調達に関しては多角化されたサプライヤー基盤を構築。ヘリウムや水素を含む特殊化学品・材料ガスは、世界中のサプライヤーから調達して在庫を確保している。エネルギーに関しても台湾電力および政府と連携して十分な量の供給を確保したことから、「短期的」には事業運営に混乱は生じないと予想している。
今回の中東紛争は、AI投資の急速な拡大期に重なったことで影響が増幅されている。日本でもマイクロン・テクノロジーやTSMC熊本、それにラピダスがEUVプロセスを導入を控えている。中東紛争は堅固なサプライチェーン構築のための評価モデルになる。