家業を継ぐことは、これまで積み重ねてきたものをただ守ることではありません。市場の変化、業界の問題、地域の現実など、未来に向けた多くの課題と向き合いながら、新しい道を切り拓いていく挑戦でもあります。

そうした問いに向き合う“アトツギ”たちが一堂に会したのが、2月27日(金)に東京・大手町で開催された第6回アトツギ甲子園です。全国から選ばれたアトツギたちが、家業の強みを生かした新規事業のビジネスアイデアをプレゼンしました。

数あるアイデアの中でも注目を集めたのが、最高賞である経済産業大臣賞、企業特別賞『ミツフジ賞』をダブル受賞したモールドモデルの佐藤賢副社長です。

本記事では佐藤副社長と、ミツフジ賞を贈ったミツフジの三寺社長が対談。ともに家業を受け継ぎ、変革に挑んできた二人に、承継の難しさや挑戦への思い、未来を切り拓く覚悟について聞きました。

(左)佐藤 賢氏
山梨県の有限会社モールドモデル取締役副社長。約3年前に入社し、石膏鋳造を軸に金属製品のものづくりに携わりながら、新素材や新工法の研究開発、新規事業にも取り組んでいる。

(右)三寺 歩氏
ミツフジ代表取締役社長。同社は1956年創業の西陣織の帯工場をルーツに持ち、現在は地元・京都に根ざしながら、機能性繊維、ウェアラブルIoT、医療分野などに事業を広げている。

 そもそもアトツギとは…… 
先代から受け継いだ経営資源や歴史、強みを活かしながら、新規事業の立ち上げや業態転換、新たな市場の開拓などに挑戦する、後継者および後継予定者を指します。

スポンサーというよりも、“当事者”として見ていた

---経済産業大臣賞とミツフジ賞をダブル受賞した気持ちはいかがでしたか。

佐藤氏:経済産業大臣賞のほうは喜んだというよりも、安心したという感じでしたね。社内外でいろいろな人を巻き込んでここまで来て、賞を獲らないと帰れないくらいの気持ちだったので。

一方で、ミツフジ賞は素直に嬉しかったです。私は肥料の事業だけでなく、その先で石膏という素材自体を変えていきたいと思っています。その方向性まで含めて、同じ素材分野で活躍されている三寺さんに評価いただけたことは大きな励みになりました。

三寺氏:佐藤さんが素材そのものの変革にチャレンジしたいと考えておられる思いは、プレゼンを通してしっかり伝わってきましたよ。

---ミツフジとしてアトツギ甲子園に協賛した背景には、どんな思いがあったのでしょうか。

三寺氏:中小企業のお客様にミツフジを知っていただくきっかけにしたいという狙いも、もちろんありました。ただ、上から「応援してあげる」という感覚はぜんぜんなかったです。私自身も家業を受け継ぎながら、事業を変えてきた側なので、むしろ当事者に近い感覚で見ていました。

だからこそ、佐藤さんの発表も単にいいアイデアということで終わらず、自分たちにも重なる課題意識として刺さったんです。ちなみに、ミツフジ賞は私がひとりで決めたわけではなく、多くのミツフジ社員の意見を踏まえて決めました。それだけ、佐藤さんのアイデアは社内でも共感を集めていたんです。

アトツギが抱える課題は、周囲と未来を共有できない孤独感

---アトツギという立場ならではの課題にはどんなものがあるでしょうか。

三寺氏:アトツギ問題は、スポーツリーグと似ています。ファンや支援者はたくさんいるのに、実際に中でプレーする人が少ないという構造です。事業承継も同じで、支援者や関係者はたくさんいるのに、「自分が継ぐ」「自分が変える」と手を挙げる人はなかなか増えません。

しかも、アトツギ本人は5年後、10年後を見て、「会社や事業を変えなければ」という危機感を募らせているのに、社員など周囲の人は「業界が先細りでも、今利益は出ていて食えているんだからいいじゃないか」と思っていることが多い。そのズレの中で、アトツギは孤独になりがちなんです。

佐藤氏:おっしゃるとおりだと思います。自分が見ている「10年後」と、周りが見ている「今」から積み上げていく「10年後」がズレている感覚は私も持っていますね。そのズレについて、一時期は「伝わる人には伝わるし、伝わらない人には説明しても伝わらない」と諦めかけたこともありました。でも、ある社員から「考えていることをしっかり説明してほしい」といわれて、やっぱり伝え続けるしかないんだと思い直したんです。自分が何を考えていて、10年後どうしたいのか。それを言葉にして、伝え続けることがアトツギとしての仕事なんだと思います。

三寺氏:そうですね。私はアトツギが抱える課題については、ラーメン屋のような家業に置き換えるとわかりやすいと思っています。子どもが後を継いで、親と同じ味を出していても、お客さんからふと「味が変わったね」といわれることがある。言う側は軽い気持ちかもしれないけれど、アトツギはすごくショックを受けるんですよね。「自分は親を超えられていないのか」とか「親の味よりもおいしくないんじゃないか」とか。その痛みがあるから、本当は変えたいけれど、思い切った挑戦がしにくくなります。それもまた、アトツギの難しさだと思います。

大事なのは「何を継ぐべきか」を見極めること

---周囲になかなかわかってもらえなかったり、思い切った挑戦ができなかったりといった課題に対して、三寺さんはどのように向き合ってきたのでしょうか。

三寺氏:私は会社の設計そのものを変えてきました。大事なのは「何を継ぐべきなのか」を見極めることです。たとえば当社の場合、継ぐべきなのは祖父が創業したときの想いや、何のために存在してきたのかという社会的意義です。そこを継ぐべきであって、技術や製品、事業の形まで全部そのままである必要はありません。だから、会社の見せ方も変えてきました。もともと当社は三ツ冨士繊維工業という社名でしたが、そこから「繊維工業」を外したのも、そこが受け継ぐべき本質ではないと判断したからです。

佐藤氏:それでいうと、私の根底にあるのは、会社を育ててくれた社員の皆さんが、この先も困らないようにしたいという思いです。特に18歳の新卒社員が入ってきたときは、「自分よりも若い人の人生を背負わないといけない」と強く思いました。でも、今やっている事業だけではそれは無理かもしれない。だったら、やっぱり新しい事業を作らないといけない。最初はそういった個人的な想いだったのですが、今はそれが会社がこれまで創ってきた社会的な存在意義にもつながるんじゃないかと思っています。

三寺氏:それはとても大事な視点だと思います。新規事業はすぐ芽が出るわけではないし、特に素材の世界は時間がかかります。途中で何度も揺らぐでしょう。だからこそ、自分の根底にある「人生をかけてやりきりたいこと」が何かを明確にしておく必要があるんです。私自身、いろいろな経験を経て結局は「人の役に立ちたい」というシンプルなところに戻ってきました。

---最後に、これから挑戦するアトツギに向けてメッセージをお願いします。

三寺氏:アトツギ甲子園は勝ち負けだけの場ではありません。自分の家業について棚卸しをしたことのない人にとっては、「なぜこの会社があるのか」「自分はそこで何がしたいのか」を考える入口になるはずです。だから、勝つことだけを目的にしなくていいし、自分のやりたいことを見つけるきっかけとして参加してもらえたらと思います。

佐藤氏:私はアトツギ甲子園で、自分と同じように悩んでいるアトツギとの出会いがあり、救われた気持ちになりました。だから、孤独感を感じている人ほど、一歩外に出てみてほしいと思います。家業の中に課題があるなら、それは見方を変えれば「可能性がある」ということです。そう信じて動き始めれば、きっと会社はもっと元気になるはずです。

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事業承継とは、受け継ぐことと同時に、変えていくことでもあります。アトツギにとって、それは大きなプレッシャーとともに痛みを伴う挑戦になるでしょう。

家業の未来に迷いや葛藤を抱えているなら、あるいは今回の対談で佐藤副社長と三寺社長の言葉に背中を押されたなら、ぜひ来年のアトツギ甲子園に挑んでみてはいかがでしょうか。

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