性能も見た目も譲らない道具の美学  
限りなくアコースティック楽器に近い演奏感を実現したエレクトリックバイオリン「YEV PRO」。打ちやすく、ミスを出しにくいレディース向けゴルフクラブ「INPRES DRIVESTAR For Ladies」。どちらも外観と性能の両面でプレーヤーの気持ちに寄り添っている。両者を生み出す原動力には、「使い手の可能性を最大限引き出す相棒のような道具をつくりたい」という、作り手たちの切なる願いがある。


ステージに浮かび上がる朱色の指板。エレガントな形状が醸し出す圧倒的な存在感。そして、弓が弦に触れた瞬間、会場に響き渡るアコースティックバイオリンさながらの本格的な音色――これが、ヤマハが2024年11月に発売したエレクトリックバイオリン「YEV PRO」の世界観である。

エレクトリックバイオリンとは、弦の振動を電気信号に変換し、アンプを通じて音を増幅できる楽器。エフェクターと組み合わせて多様な音色を生み出せるため、「バイオリン=クラシック」という既成概念を覆し、ロックやポップスなど幅広いジャンルで活用されている。

  • B&O開発部 弦打楽器開発グループ 松嶋朗生

「魅せる」エレクトリックバイオリン――YEVの登場

ヤマハが独自のエレクトリックバイオリン「YEV」を発表したのは2016年だが、そもそもエレクトリックバイオリンが生まれてくる前史として、1997年発売のサイレントバイオリン™がある。騒音問題へのソリューションとして開発されたヤマハのサイレントシリーズ――通常よりもはるかに小さい音量で弾くことのできる楽器群は人気を博し、中でも、サイレントバイオリンはアコースティックの演奏感と静粛性を兼ね備えた点が練習用途として高く評価された。

その一方で、サイレントバイオリンは練習用としてのイメージが強く、ユーザーからはライブパフォーマンスに特化したデザインを求める声が多数寄せられた。そこから、「斬新で美しいデザインと優れた性能を兼ね備えた新世代のバイオリンをつくろうという機運が生まれたと聞いています」。現在、エレクトリックバイオリンの開発を担当している松嶋朗生は初代モデルの開発当時をこう説明する。

YEVはメビウスの輪のように表と裏に連続性のある斬新なデザインが特徴だ。当時の開発チームがデザイン研究所に相談を持ちかけ、提示されたアイデアの中から、どの角度から見ても美しく、印象的な輝きを放つ、この立体的なデザインが採用された。

特徴的な外観について語られることが多いが、YEVはデザインだけでなく、演奏に必要な機能的要素もしっかり押さえていた。「バイオリンは左手の感覚だけで音程をつかむため、手が当たる部分の形状が奏者にとっては非常に重要です。なので、アコースティックと同じ演奏体験を得られるように、YEVは必要な要素を守りながら斬新で美しいデザインを実現しました」(松嶋)。

プロの腕も鳴る機能美

小学2年生からバイオリンを習い始めた松嶋は、大学ではオーケストラ部に所属し、社会人になったいまも浜松交響楽団のコンサートマスターとしてバイオリンを弾き続けている。こうした音楽経験と大学で専攻した振動工学の知識を生かすため、2010年、松嶋はヤマハに入社した。

入社後は生産技術領域で経験を積み、8年後、念願かなって開発部門に異動した。開発職として最初に手掛けたのが、YEVの上位モデル「YEV PRO」である。発売以来、いまも好評を得ているYEVだが、松嶋らは「奏者の表現力を余すことなく伝えられる楽器を提供したい」という想いを込めて、上位モデルの開発に踏み出していった。

YEV PROの開発においてチームが注力したのは、アコースティックバイオリンに限りなく近い演奏感を実現することだった。ボディーを空洞構造にし、側面にスリットを施すことによって、楽器全体の響きを向上させ、アコースティックに近い豊かな音色を生み出すことに成功。重量も、アコースティックとほぼ同じ約510g(4弦モデル)を実現した。

さらに、音質やレスポンスを向上させるため、駒の改良にもこだわった。長年使用された楽器のような深みのある音を実現するヤマハ独自の木質改質技術を採用したほか、駒の振動をより自由にし、弓の動きの変化も繊細にキャッチできるよう、ピックアップにかぶせるシールド用の金属の付け方や厚みなども細かく見直した。「開発時に検証した材料やスリットの入れ方、ピックアップの種類などの組み合わせは100通り以上。従業員やアーティストの演奏評価を繰り返すことで、バイオリニストにとって違和感のない、それでいて魅力のある演奏感と音色のバランスを探っていきました」(松嶋)。

もうひとつ、チームが追求したのが、プロ仕様にふさわしい仕上がりの外観だ。「もともとYEVのデザインには定評があり、大きく変えることは想定していませんでした。でも、手を加えすぎず、それでいて存在感のあるデザインに仕上げるのはほんとうに難しかった」と松嶋は語る。注目したのは指板。ギターやベースに比べ表面積が小さいエレクトリックバイオリンでも、ステージ上でしっかり観客の視線を集められるように、指板の色には特にこだわったという。

YEV PROの指板は2色ある。1色は、東北の伝統的な朱塗りをイメージした上品なディープ・レッドで、バイオリニスト牧山純子さんの依頼で製作した別注モデルから着想を得たものだ。もう1色は、エレキギターでよく見られる木材の自然な風合いを生かしたナチュラルカラー。「メイプルの指板に色をのせたことは、YEV PROにおいて大きなチャレンジでした。ステージユースに耐えられる塗装や、木目の美しさを際立たせる仕上げには、試行錯誤が必要でした」(松嶋)。

こうして完成したYEV PROは、アコースティックに限りなく近い操作性と豊かな響き、そして洗練されたデザインを兼ね備えた最上位モデルとなった。

松嶋は、初期のデザインから検証、開発、生産、出荷に至るまで全てのプロセスに携わった。バイオリンをはじめとするこれまでの音楽経験や生産技術で培ったものづくりの知識を存分に生かした、やりがいのある挑戦だったと振り返る。

「誰もが憧れる楽器」で音楽文化を創造

バイオリンの演奏文化は、クラシック音楽を中心に発展してきた。そのため、クラシックの世界ではアコースティックが主流であり、エレクトリックバイオリンは「代替品」と見なされがちだ。そんな中、YEV PROが新しい道を切り開くことはあるのだろうか。

楽器と音楽文化は、両輪のように互いに影響し合いながら進化していくが、エレクトリックバイオリンには、アコースティックにはない“音色を自在に変えられる”という特長がある。だとすれば、「エレクトリックバイオリンの認知度が上がることで、新しい音楽文化が生まれ、やがてアコースティックとは異なる独自の楽器として認められていくのではないか」。松嶋は、そんな未来予想図を思い描いている。

YEV PROの開発において、松嶋が機能だけでなく外観にもこだわったのはそのためだ。奏者の弾き心地を追求するだけでなく、その先にいる観客にも想いを寄せる。「ステージ上の演奏に憧れ、エレクトリックバイオリンを手に取る人が増えれば、いままでにない魅力的なコンテンツが生まれるかもしれません」。

実際、海外ではエレクトリックバイオリンを使って激しく踊りながら演奏するアーティストが登場した。これはアコースティックにはなかった独自の演奏スタイルだ。エレキギターがロックと共に進化し、新たな音楽文化を築いたように、エレクトリックバイオリンも音楽史にユニークな変革をもたらすかもしれない。YEV PROのように存在感のある楽器がプロのバイオリニストに活用されることで、そんな未来がさらに現実味を帯びてくるかもしれないのだ。

高い操作性とスタイリッシュな見た目を兼ね備えたYEV PRO。実は、ヤマハはスポーツ分野でも独自の技術と感性を駆使して、性能も見た目も譲らない道具づくりを行っている。次回は、女性ゴルファーのことを徹底的に考え抜いて開発したゴルフクラブ「INPRES DRIVESTAR For Ladies」の物語を紹介します。

(取材:2024年8月)


松嶋朗生 AKIO MATSUSHIMA
B&O開発部 弦打楽器開発グループ。小学2年生からバイオリンを習い始め、現在は浜松交響楽団のコンサートマスターを務めている。大学では振動工学を専攻し、オーケストラ部と自動車部に所属。ヤマハ入社後は生産技術部門で経験を積み、2018年に開発部門へ異動。自身初の製品開発として、YEV PROの開発を主導した。

※所属は取材当時のもの

参考:
「YEV104PRO/YEV105PRO」の詳細はこちらをご覧ください

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