【大分県・古手川産業株式会社】
大分県津久見市は、国内最大級の石灰石の産地です。石灰と聞けば、まずグラウンドの白線が思い出されるかもしれませんが、実は製鉄、化学工業、肥料などのほか、砂糖などの食品製造工程にも欠かせない材料です。さらに、ゴミ焼却処理や下水処理の環境負荷を低減する素材としても活用されている、とても応用範囲の広い資源です。
古手川産業は、そんな石灰の製造会社として明治28年(1895年)に創業。その後、“石灰のパイオニア”として、卓越した知見と技術を蓄えながら意欲的に製品開発に取り組み、石灰の新たな可能性を切り開いてきました。約130年にわたり蓄積してきた石灰に関する研究データ・ノウハウを武器に、これからの100年をどう勝ち抜いていくのか。代表取締役の古手川 瑛保氏にお話を伺いました。聞き手は、オリックス株式会社 大分支店次長の岸本 剛和です。
時代のニーズに合わせて成長を続けた約130年の歴史
----はじめに、古手川産業の沿革について教えてください。
古手川氏:当社は、明治28年(1895年)の創業以来、安心・安全な石灰製品を幅広い産業分野に提供してきました。その一方で、グループとしては「石灰」にとどまることなく多角化を図り、産業用装置製造、運送、地質調査、石油製品販売、建設コンサルタントと各分野へ積極的に展開しています。
2021年には古手川産業を中核とした持ち株会社体制に移行し、KSGホールディングス株式会社を設立しました。2023年のグループ全体の売上高は約115億円で、うち4割は石灰関連以外の事業によるものです。
長い歴史のなかで、転機となったのは1972年のことです。もともと津久見地域では、江戸時代からしっくい用の石灰が家内工業的に作られていたのですが、非鉄の製錬や化学工業などの重化学工業における需要が増し、高品質の石灰が大量に求められるようになりました。
そうして昭和の高度経済成長を迎え、国の経済発展とともにさらに石灰の需要が増大していくと見越し、1972年に当時最新のスイス製「メルツ式石灰焼成炉」を導入したのです。これにより、他社に先駆けて高品質の石灰を大量生産できる基盤が整いました。その後、焼成炉は3基まで増え、今も現役です。
----石灰製造における「焼成炉」の役割とは、どのようなものでしょうか?
古手川氏:では、石灰の化学変化について少しご説明しましょう。まず、一般に「石灰」というと「生石灰」と「消石灰」のことを指します。「生石灰」は製鉄、製紙、化学工業への用途のほか、こんにゃくや砂糖などの食品製造プロセスにも使われます。土木施工にも用いられ、当社では水分を多く含んだ軟弱な地盤を強固にする地盤改良材「アースライム」が主力商品になっています。一方の「消石灰」は、肥料のほか、排ガス除去や廃水処理など、主に環境負荷軽減のために用いられる製品です。
そして、「生石灰」「消石灰」ともに原料は、津久見市が誇る鉱山から採掘された「石灰石」です。石灰石を約1000℃で焼成すると「生石灰」になり、その「生石灰」に水を加えてできるのが「消石灰」となります。当社は3基の焼成炉でお客さまの用途やスペックに応じて製品を「焼き分け」ています。
----焼成炉は、まさに心臓部というわけですね。特に需要が伸びている分野はありますか? 石灰関連産業の動向を教えてください。
古手川氏:日本国内において、石灰の原料となる石灰石の消費の半分はセメント産業で、一方、生石灰の消費の半分は鉄鋼関連です。日本の製造業は全体的に徐々に縮小傾向にありますから、連動してこの2製品の需要も少しずつ減少していますね。しかし、環境分野で用いられる消石灰についての需要は、今後増加していく傾向であると見込んでいます。
石灰石は、日本ではまれな「自給率100%の資源」で、大分県は年間2500万トン以上と全国トップの産出量を誇ります(※)。その地元資源の恩恵をうける石灰製品ですが、製品に対する輸送コストの比率が高いため、基本的には地産地消の市場ですが、当社では付加価値をつけることでその壁を打ち破り、マーケットの拡大に挑んでいます。そのカギとなるのが、「軽質炭酸カルシウム」です。
※ 参考:大分県 県政概要2024、石灰石鉱業協会
石灰石の100倍の価格で取引される、変幻自在な素材「軽質炭酸カルシウム」
----「軽質炭酸カルシウム」とは、どのようなものでしょうか?
古手川氏:水で溶解した「消石灰」に二酸化炭素(CO2)を加えて製造される微細な粉末です。ゴムや紙、塗料、化粧品、歯磨き粉など、さまざまな製品に機能性を持たせる機能剤として用いられます。グループ会社の株式会社ニューライムが中心となって長年、研究・開発を行っており、ミクロン単位の粒子のサイズ、形状を用途に合わせて自在に変えられることが、当社の軽質炭酸カルシウム事業の強みです。
例えば、花弁形状のものは光の反射を拡散させる機能があり、ファンデーションやリップなど化粧品用途として使用されています。また球状のものは均一性とその形状から添加したものを滑りやすくさせる機能がありフィルム分野等への需要が見込まれています。近年、プラスチック製品による海洋汚染であるマイクロプラスチックが問題になっていますが、さまざまな製品に使用されているプラスチック製品を環境に優しい、軽質炭酸カルシウムに置き換えることでその解決にも貢献できる可能性があるのです。
----まさに変幻自在というか、さまざまな分野への応用が可能な多機能素材ですね。今後の需要拡大も見込めそうです。
古手川氏:ぜひそうなってほしいですね。現在、石灰事業の売り上げに占める軽質炭酸カルシウム製品の割合は20%程度で、この数字を伸ばしていくことを大きな目標にしています。ニッチな分野ではありますが、だからこそ大手メーカーなどとバッティングすることはありません。機能性の高さを突き詰めていくことで、さまざまな分野で欠かせない素材として必要とされていくのではないかと考えています。
実は石灰石の一般的な取引価格は、1トンあたり1万円以下です。生石灰、消石灰になると、10倍に上がって万単位。そして軽質炭酸カルシウムは、さらに10倍の1トンあたり10万円から100万円で取引されます。ここまで付加価値を上げられれば、地産地消のマーケットが一気にグローバルへと広がります。実際、生石灰、消石灰の商圏は九州近郊エリアが中心ですが、軽質炭酸カルシウムは海外輸出も行っています。
また、収益性の面だけでなく、製造プロセスの環境負荷軽減という点でも、軽質炭酸カルシウムの製造比率を増やしていきたいです。先ほど、「軽質炭酸カルシウムは消石灰に二酸化炭素(CO2)を加えて作る」と言いましたが、実はこの二酸化炭素は、生石灰を焼成する際に排出されたものを利用しています。つまり、軽質炭酸カルシウム事業が成長すればするほど、製造工程のカーボンニュートラルが進むのです。
----高付加価値で環境にも優しいとは、夢のような商品ですね。研究・開発には、昔から力を入れられているのでしょうか。
古手川氏:はい、同業他社よりもR&D(研究開発)にかける予算や人員の割合は多いと思います。軽質炭酸カルシウムをベースとする機能性材料は、何十年も前からさまざまな研究をされていますが、研究から販売に至るまでのプロセスも長くニッチマーケットということもあり、途中で研究開発を断念する企業も多くあったようです。当社はその可能性を信じて地道に品質改良を続けて、用途の幅を広げてきたのです。
当社は昔から“持続可能性”を最も大切にしてきました。短期的な利益は追い求めず、長期的な目線で事業や技術を育てていく。そんな企業文化が土台にある一方で、”よいものは積極的に取り入れていく”という進取の気性に富んだ会社です。私が入社してからこの7年間だけでも、多くのことを改革してきました。
大きなところでいえば、社内の中長期計画の策定を軸に、これまでの研究開発の成果を武器として、多くの分野にとって欠かせないケミカルソリューション企業へ進化する道筋を整理しました。それに伴って、社内でも多くの改革を進めています。
例えば、若手の活躍を促すための人事評価・教育制度の刷新、製品ラインアップの見直し、生産プロセスの合理化などです。そして今は、これまでベテラン社員が経験や勘を頼りに行ってきた焼成作業をデータ化し、再現性を高めるというDXに取り組んでいます。
100年企業が取り組むDX。目指すは焼成炉の完全自動化
ここで古手川産業のDXに関する取り組みについてお話を伺いました。お答えいただいたのは、生産本部 石灰製造部 生産企画課長を務める加茂 龍之介氏です。
----生産プロセスのDX推進をご担当されていると聞きました。DXの目的と、現状の進捗(しんちょく)を教えてください。
加茂氏:生産本部は、生産に関する取り組み全般の素案策定から実行までを担う部門です。社内で策定された中長期計画に基づいて今後の生産性向上などを考えると、当然生産プロセスのDX推進も、生産本部のミッションの一つとなっています。
そして、私が所属している生産企画課は、DX推進などをはじめ、生産本部全体の企画・支援を担う部門となります。DXの最終目標は、石灰石の焼成工程の自動化です。現在、年間365日24時間、三交代制でフル稼働しますが、今後、ますます人材採用が難しくなっていくなかで、今と同じ生産量を維持していくためには省人化、無人化を進めていかなければなりません。そのための準備として、あらゆるデータの見える化を進めてきました。
例えば、炉内に投入する空気の量や燃料の投入量、冷却時間、外気温、原石の品質や粒度分布などさまざまな要因が製品の品質に影響を与えます。こうした膨大な量のデータを収集して一元管理し、現場のオペレーターだけでなく、社内全体で共有できるデータベースを自社開発しました。集約したデータを作業の効率化や品質の向上にどう役立てていくか、目下、人工知能(AI)利用も視野に入れながら具体的な活用法を探っているところです。
----製造部門の担当者の目から見て、古手川産業の強みはどこにありますか?
加茂氏:原料となる石灰石の採掘から製造、デリバリーまで一気通貫で行っているため、品質管理・柔軟なデリバリー体制を有することです。採掘自体は鉱区や法律の規制があるため、鉱業権を有する企業からの受託事業として行っているのですが、自分たちが採掘した高品質な石灰石を原料として使うことができます。
また、デリバリーに関しては、グループ子会社のたちばな運輸株式会社が陸送を一手に引き受けています。生石灰は水にぬれると化学反応で発熱し、消石灰へと変化してしまうため、特に土木施工の現場で使われる地盤改良剤などは天候次第で納品日がずれたり、納品先が変わったりということが頻繁に起こります。そういった点を鑑みても、グループ内で顧客へのデリバリーだけに特化した輸送機能があり、急な事態にも柔軟に対応できることは、当社の強みだと思います。
----今後の目標を教えてください。
加茂氏:将来的な焼成工程の完全自動化に取り組んでいます。正直、かなり高いハードルです。それでも、オペレーターの判断の正しさをデータで立証したり、あるいはAIのアドバイスをもとにオペレーターがパラメータを設定できるようにしたりと、AIを活用した自動化の流れを着実に進めていきたいと思います。
あとは、焼成工程以外にも、在庫管理や調達情報などさまざまなデータがあるので、そうしたデータを意思決定に活用しやすいシステムを社内で開発していきたいですね。石灰産業で日本一DXが進んだ会社を目指します。
資源は無限ではない。だからこそ技術で勝ち残れる「ケミカルソリューション企業」を目指す
再び、古手川氏にお話を伺いました。
----最後に今後の目標について教えてください。
古手川氏:津久見地区の石灰石は、「まだ100年分残っている」といわれています。しかし、来年で創業130周年を迎える古手川産業としては、この「100年」という数字を決して長いものだとは思っていません。
石灰石という限りある資源を有効活用するためにも、製造技術と研究開発により一層の磨きをかけていくこと。それが第一の目標であると言えます。例えば先ほどお話しした軽質炭酸カルシウムなど、従来の製品に付加価値を与え、当社だからこそ提供できる製品を増やしていくこと。そういった“ケミカルソリューション”を提供できることが私たちの強みになっていくことでしょう。そうすれば100年後、もし本当に津久見の石灰が尽きてしまったとしても、他地域から原料を仕入れながら「技術」を武器に事業を継続できると考えています。
今の古手川産業があるのは、歴代の社長たちがチャレンジを続けてきたからこそです。
私もリスクを恐れずにどんどん新しいことに挑戦していきます。次世代が胸を張って「200年企業」を迎えられるように、たくさんの種をまいておきたい。先代から受け取ったタスキを、よりよい状態で次世代に渡していきたいですね。
<取材を終えて>
オリックス株式会社 大分支店次長 岸本 剛和
古手川社長の思いに触れることができた、よい時間でした。石灰石を豊富に蓄えた鉱山と、天然の良港というまさに恵まれた地の利を生かして、事業を発展させてきたのが古手川産業です。リース事業からスタートし、隣接分野に事業展開してきたオリックスの歴史と近いものがあり、シンパシーを感じます。環境負荷低減のソリューション提供などを通じて、古手川産業さまの成長を応援していきたいと思います。
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