『技術が可能にするほんとうに心地いい音体験』 
まったく新しい演奏体験をもたらす「トランスアコースティックギター」。ドライブ中の音楽体験をより豊かにする「車載オーディオ」。一見共通点のないように見えるこの二つの製品。実は、技術と感性が生み出す共通の「Key」があるのだ。


車に乗って、移りゆく景色を眺めながら好きな音楽を聴く。部屋の中で聴くのとはまた違う楽しみがあり、音楽を聴くために車を走らせる人もいる。人々のドライビングシーンをより色鮮やかなものにしようと開発されたヤマハの「車載オーディオ」。ここには、車の中でかつてないほどリアルな音響空間を感じられる技術が詰まっている。

ヤマハの車載オーディオのコンセプトとして発表されたシステムでは、車内に組み込むスピーカーの数は30個。後部座席を含むすべてのシートに臨場感あふれる音楽を届けるため、ドア、ダッシュボード、ピラー、ヘッドレスト、天井、荷室に至るまで、磨き上げた技術でつくられたスピーカーを最適配置する。さらに、車内にいる時の人間の感覚にしっかり響くよう、熟練のサウンドエンジニアが人の手で微細なチューニングを行う。このようにしてヤマハ独自の技術と感性が融合し、車内を「理想的な音響空間」として再定義することができるのだ。

感性をドライブする音響

楽器や家庭向けオーディオはもちろん、プロ向けの業務用音響機器や遠隔コミュニケーションシステムまで幅広く手がけるヤマハが近年着目しているのは、音響空間としての「車の中」である。2020年に車載オーディオ市場へ参入して以来、国内外6社から計13車種の受注を獲得。2021年4月には、中国の新進気鋭の自動車ブランド・ZEEKRから、ヤマハの車載オーディオを採用した高級EV「ZEEKR 001」が発表された。

車載オーディオを開発する音響技術の専門家にとって、車内という空間にはどんな魅力があるのだろう。企画を担当する土屋豪によると、それは「音を聴く空間全体をデザインできること」だそうだ。

  • 電子デバイス事業部 車載オーディオ 企画担当 土屋 豪

「一般的なスピーカーは、音が再生される環境やスピーカーを置く位置によって音の聴こえ方が変わります。ヘッドフォンでは、ユーザーは自分のいる空間全体で音を楽しむことができません。一方、車の場合は音楽を聴く空間をまるごと設計することになります。車以外の場所で体験する音響とは性質が大きく異なり、空間と一体化できるような、よりつくり込んだ音響体験を届けられること。それが車載オーディオならではの魅力だと思います」

立体音響を極めた空間で音楽を聴くことができれば、人は音楽の世界にもっと全身で浸れるようになるだろう。土屋は言う。「どこかから、どこかへ。移り変わる景色を楽しめるのが車に乗る醍醐味。その時、車内の空間全体に響きわたる音を味わうことができれば、より非日常の楽しさを堪能できるかもしれないし、音楽の世界観をより深く理解することができるかもしれない」。

車載オーディオを体験したユーザーからは、「いつも聴いている曲なのに、この立体音響で聴くと新しい発見がある」と言われることがあるという。音楽の世界観により没入することで、アーティストの想いをもっと理解できるようになる。優れた音響体験は、音楽を通して人の感性を豊かにする可能性すら秘めているのだ。

「理想的な音」を求め、どこまでも

車載オーディオが実現する音響体験には、ヤマハならではの技術と感性が息づいている。

「音づくりでまずこだわったのは、ヤマハのアイデンティティーのひとつともいえるピアノの音がきちんと聴こえること。楽器の中でも特に音域の広いピアノのすべての音を届けることはもちろん、まるでピアノが目の前にあるかのような臨場感あふれる体験を生み出すことに注力しました」。目指す音をつくり上げるためにスピーカーやアンプの選定にも関与した上で、空間的な狭さを克服するため、信号処理を駆使したチューニングが車載オーディオでは欠かせないと、開発担当の平野克也は語る。

  • 電子デバイス事業部 車載オーディオ 開発担当 平野克也

「チューニングという作業は、感覚を重視して行われるというイメージを持たれることがあるのですが、大事なのは感覚だけではありません。人間の音響心理を考慮するなど、科学に基づいた手法を駆使して、目的にかなう音を届けることを目指しています。この科学的なアプローチが、車載オーディオの『理想的な音』につながっているのだと思います」

社内に音や楽器のスペシャリストが数多くいるヤマハならではの環境が、「理想的な音」に近づくための議論を促進している。ピアノの開発者に、ピアノの音の深みについて教えてもらう。サウンドエンジニアと音質について意見交換する。「あらゆる領域で的確なフィードバックが得られる環境は、楽器も音響機器も手がける総合メーカーでないと難しいのではないでしょうか」。領域を越えていろんな人と会話をすることが「理想的な音」をつくるための重要なプロセスになると、平野は考えているのだ。

理想を目指して、みんなの想いが走り出す

アーティストが生み出した音を車内で再現するチューニング作業は試行錯誤の連続で、あらゆる方法を探求しながら、まるで迷路のような道を進み、ようやく目指す音にたどり着けると平野は語る。

  • 微細な変化を感じながら人の手でチューニングを行う

終わりのない「音」を目指す迷路の中で、平野たちが灯(ともしび)としているのが「アーティストの演奏をしっかり伝えきる」という決意である。人が思う「良い音」は多様だが、ヤマハが実現したいのは、アーティストが伝えたかった想いをしっかり伝えきることのできる音響体験なのだ。

だからこそ、平野は「オーディオ機器だけが音を決めているわけではない」ことを忘れないようにしている。最初にアーティストがいて、楽器の演奏があって、レコーディング、ミキシング、マスタリングなど、さまざまな人の手を経て、唯一無二の音楽が生まれてくる。「アーティストの『音楽を奏でたい』という気持ち、エンジニアをはじめ、さまざまな人たちがつないできた想い。そういう想いに車載オーディオも応えたいと思っています」。すべてが重なることで「理想的な音」が生まれると平野は考えている。

「メーカーによっては原音に忠実であることを重視しているところもありますが、私たちは『アーティストがその音楽で届けたかった想いを伝えられるかどうか』を大事にしています。ヤマハは音・音楽に関する幅広い技術を持っているので、それらを総合してこれまでにない音響体験をつくり上げることができる。これは大きな強みでもあり、私たちがこれからもずっと大切にしていきたいものなのです」

さまざまな人の想いを受けとめ、チューニングに緻密に反映させる。技術を駆使して、人の感性をドライブさせる。私たちの音響技術が支える音楽が聴き手のこころを豊かにし、互いに響きあって彼ら彼女らの日々のくらしを色鮮やかなものにできるなら、それはどんなに素晴らしいことだろう。

前回のストーリーで紹介した「トランスアコースティックTMギター」も、楽器だけでなく人のこころまでかき鳴らす技術の物語であった。科学に基づく高度な技術があるからこそ、音や音楽の「ほんとうの心地よさ」が生まれるのかもしれない。トランスアコースティックギターと車載オーディオに共通する「Key」を描き出す次回のストーリーをお楽しみに。

(取材日:2022年9月)


土屋 豪|Goh Tsuchiya
電子デバイス事業部 車載オーディオ 企画担当。大学では量子コンピューターの研究室に属し、2010年、ヤマハ(株)に入社。「車載オーディオ」の信号処理開発に携わったのち、車内での理想の音響空間を提供する企画担当として、ブランディングや国内外の車メーカーへの提案を行う。

平野克也|Katsuya Hirano
電子デバイス事業部 車載オーディオ 開発担当。大学では半導体材料の研究を行い、2008年、ヤマハ(株)に入社。車室内音響測定の技術開発に携わったのち、「車載オーディオ」の開発担当として、システム全体の音づくりや車種ごとの音コンセプトの提案を行う。

※所属は取材当時のもの

『技術が可能にするほんとうに心地いい音体験』#1
「弾きたくなる楽器」で音楽はもっと楽しくなる

『技術が可能にするほんとうに心地いい音体験』#3
響きあう作り手と使い手の想像力


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