あのトーマス・エジソンに並ぶ発明家として多くの実績を残しながら、早すぎた才能と謎の多い発明で"異端"とされる科学者ニコラ・テスラ。彼は地球全体を導体としてエネルギーの発生、送信を行う「世界システム」を提唱した。

アニメ『Dimension W』は、その「世界システム」を第四の次元「W」から無尽蔵のエネルギーを取り出すことで実現した世界が舞台のSF作品だ。

と、作品の概要を説明しただけでも難解な設定や理系的なワードが多く、この時点で頭上に「?」マークが出ている人も多いのではないだろうか。

そこで今回は、同作のファンであり、筑波大学助教として、応用物理、計算機科学、アートコンテクストを融合させた作品制作・研究に取り組む落合陽一氏に、難解な設定のアニメ『Dimension W』の楽しみ方について語っていただいた。

”現代の魔法使い”と呼ばれるメディアアーティストの落合陽一氏

可能性がエネルギーになる「次元W」とは?

――落合さんは以前から『Dimension W』の原作のファンだそうですね。

Kindleストアで偶然見かけて、気になって読んでみたらすごく面白かったんです。ニコラ・テスラの世界システムの話から始まるのが良くて。よくお風呂で本を読むんですけど、5巻くらいまで一気に買ってお風呂から出てきませんでしたからね(笑)。特に4巻で出てくる八十神湖の話は好きです。質量のない高次元な情報が、霧に触れることで実体化するという概念は非常に分かりやすいです。

File.04「八十神湖に潜む謎」より

――分かりやすい、ですか……?!

僕は研究の中で空中に映像を出したりしていますが、あれは高次元な光線空間情報を使って三次元のホログラムを設計し、鏡を使ってレーザーを定めて、そこから焦点を合わせることでプラズマを空中に結像するんですけど、その時にある閾値を超えた点だけがプラズマになって、それ以外の光は拡散していくんです。霧という媒質のなかでそれがモノとして実体化するというのは、これに極めて近い発想ですね。僕の分野ではよく霧にレーザーとホログラムをつかって三次元像を投影する研究なんかもあったりします。光で考えるとすごく分かりやすい。そこがすごく面白くて。



――ご自身の研究分野に関連したSF的な視点で読んでいらっしゃるんですね。

そうですね。でもここまで設定が作り込まれた作品は珍しいですよね。『攻殻機動隊』もそういう作品でしたけど、それ以来、ここまで設定が作りこまれたSF作品は見なかった気がします。『Dimension W』は単純に「コイル」という技術がひとつ誕生して、それだけで社会が変わってしまったという話ですよね。コンピュータやインターネット、エジソンの電球といった、そういう存在だと思うんです。そういう技術がテーマのアニメっていままであんまりなかったんじゃないかな? そんなところも面白いですよね。

ニコラ・テスラが好きなら見ようよ!

――アニメもご覧になりましたか?

見ました。漫画ではイメージしにくい部分も分かりやすくなっているので、(最初は)アニメから見るといいんじゃないかな。コイルの描き方などは、『デジモン』のデジバイス的で好きな描き方ですね。オープニングも良かったですよね、踊らされている感が。作中で最後までコイルに踊らされている主人公を暗に示しているようで(笑)。

同作オープニングより、無理やり踊らされる主人公「マブチ・キョーマ」。このあと嫌になって踊りを放棄し、カメラを止める

――『Dimension W』を人に勧めるとしたらどんな部分ですか?*

ニコラ・テスラ好き? 好きだよね? 世界システムのこと好きだよね、じゃあ君はこのアニメを見ようか、という感じです(笑)。ニコラ・テスラが好きじゃない理系なんて滅多にいませんから。でもなんか不思議なんだよなぁ。最初に世界観を細かく説明してSF世界のことを描こうとしている割には意外と世界全体に関わるような話がないですよね。

――社会的な問題よりも個人の話が多いですね。

広義にいうとセカイ系なんじゃない? 主人公の選択だけで世界の命運が全て決まるという……。『Dimension W』って、セカイ系がひとつでも好きな人は絶対面白いと思いますよ。

セカイ系は団塊ジュニアに刺さりますよね。僕も好きなんです。僕らの世代って世界は本質的にセカイ系じゃないことに気がついてしまったんですよ、多分。地震があっても世界は続くし、我々はインターネットの中でコンピュータの一個に過ぎないという暗黙の了解を持っている。社会学者の宮台真司さんは終わりなき日常を生きろと言ったけど、終わりなき日常を耐えられる程度に、僕らは牙を砥がれて20年くらい生きてきた世代だと思います。終わりなき日常でもいいか、楽しいかって。

そこから見ると、セカイ系はまぶしすぎるのかもしれない。ただ、あいつはあいつのセカイ系の中で生きているけど、実は次元Wの中には縮退された他のセカイもたくさんあるはずで、詰まるところ個人の見た世界の話でしかない、というところがすごく面白い。あとセカイ系なのに主人公がおっさんなのがいいですね。

――登場キャラクターの中では主人公が一番好きなんですか?

いえ、僕はルーザーが好きです。目的のために自らエンタメになるという、あのこだわりのなさ、人間性を捧げている感じは非常に共感できます。日々の生き方としては僕もああいう感じを目指したいんです。それにしても主人公とルーザーが対比軸にあるのが面白いですよね。全く同じようなところに目的がありながらアプローチが真逆という。

ルーザー:覆面の怪人。美術品の窃盗犯だが、盗みが成功したことはないと言われている

なぜコイルで生物を転送できないのか

――コイルがあったら何に使ってみたいですか?

光で何かをスキャンして次元W経由で回収できるプロセスがあれば、対象との間の物体を通過せずに観察できる可能性が高いです。細胞一つをピンポイントで捉えるような。心臓の手術などは楽なんじゃないでしょうか。あとはその延長で他人と記憶を交換したいなぁ。

File.01「回収屋」よりコイルの構造。次元「W」と接続し、無限のエネルギーを供給する

――電源じゃないんですね!

電力と情報を供給できるのがミソで。さらに物質の転送までは実現していたので、かなり色々なことができるはずです。

――生物はなぜか転送できない、ということになっていましたが。

あれは話の流れから行くと、生物は次元Wからの転送装置にあたる回路を元々持っていて、自然に次元Wとのやり取りをしている、ということではないでしょうか。そうでないと、生物が転送できない理由に説明がつけられない。

――すでにやり取りをしているから、転送しようとするとぶつかると。

そうそう。そういう理屈が後々出てくるんじゃないかな、脳とか……。でもジェネシスがあったらいろいろ実験してみたいですね。ハルカ・シーマイヤー、いいですね。もしあっちの世界に生まれてしまったらあの人みたいなことたくさんやってみたいです。

ハルカ・シーマイヤー:人の命など何とも思っていないマッド・サイエンティスト。究極のコイル「ジェネシス」を作り上げる

――あっち側ですか(笑)。どんな研究を?

あの世界では時間方向にはあまり変えようとしていないのが気になるんですよ。ジェネシスがあったら時間方向の研究しますね。時間を圧縮できればコンピュータの演算能力がものすごく上がるじゃないですか。簡単に言えば1秒後に1000秒後の結果が分かるので、それを繰り返して。そういう研究がしたいです。

――「世界システム」や「コイル」などの設定についてはどう思われますか?

エネルギーが無線供給されているということや、エネルギーのバックドアが開いている、という設定が非常に面白い。三次元世界からは認識できない四次元からやって来て、いざ認識しようとすると大変なこと(=「Wの具象化」:作中では事故として扱われ、秘密裏に処理される事象)になってしまうという。

File.02「ルーザー」より「Wの具象化」

――「次元W」はこの次元で存在した可能性の中で実現しなかったものが収納されている、と説明されていますね。

あれもうまい設定ですね。宇宙は放っておくと静止状態になる、その逆方向=熱力学方程式の反対をやっていると捉えるなら、情報エントロピー(=事象の不確かさ)という概念で情報を折りたたんでいく、というか一つひとつ確定させていき、確定しなかった方の可能性がエネルギーになるというのは、非常にいい着眼点です。本来は情報とエネルギーって別の軸なので。

――情報が本来は全く別軸のエネルギーに換わるということですか?

そうです。量子論みたいなものですよね。波動関数は観測されると収束する、だから運良く観測された瞬間にのみ収束してエネルギーになるけれど、じゃあ残りの可能性はどこにいったんだと。

この次元から見れば観測した部分以外の物理空間が消失したんだよね。でもここに「可能性×エネルギー」は何個もあったはずだから、その合計値がどこかにいったかもしれない、という捉え方は非常に面白い。

最近、重力波の検出が発表されて話題になりましたが、重力波のエネルギーはどこかのより高い次元にエネルギーがもれている可能性が高いと言う物理学者もいて。もしその次元が見つかれば……というのは非常にこの作品世界的な話ですね。

<商品情報>

アニメ『Dimension W』Blu-ray Discは第2巻まで好評発売中。テレビ未放映の映像や、8月に行われるスペシャルイベントの優先申込券やライナーノートが特典としてついてくる。

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落合陽一
メディアアーティスト、筑波大学助教・デジタルネイチャー研究室主宰、VRC理事。
デジタルネイチャーというコンピュータと人の新たなる関係性を実証するため,実世界志向コンピュータグラフィクスやヒューマンコンピューテーション、アナログとデジタルテクノロジーを混在させたメディアアート表現などを用いて表現活動を行っている、World Technology Awardやグッドデザイン賞など国内外で受賞的多数。著作には「魔法の世紀」(Planets刊)、「これからの世界をつくる仲間たちへ」(小学館刊)がある。過去にドンペリニョン、レクサス、Sekai No Owariなどとのコラボレーション作品・展示も発表した。

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