悩ましき賭け
やっと利益が乗ってくると、笑いが止まらなくなって、毎日が楽しくなるかというと、なぜか筆者はそうはならない。この利益をどう処理したらよいか分からなくて、最後には眩暈(めまい)に襲われ、逆に気分が悪くなってしまう。
損ならば切らざるを得ないので選択の余地が無く、決断が付く。こんな苦しい損切り決断が出来るなんて、自分は実は英雄なのではないかと密かに自賛する事すらある。
しかし利食いは別だ。両立しない矛盾した二つの贅沢な欲求のどちらかを無理矢理選択することである。まるで二人の美人を見せ付けられて、どちらかを 10分以内に選べと強制されているようなものだ。間違いなくこの10分間は無決断のうちに過ぎ去ってしまい、その二人ともどこかに行ってしまうのがオチだ。(でしょ?)
利食いした直後に相場は嘘のように走り出し、その後のトレンド全てを取り逃がす、あの悔しい状況は二度と味わいたくない。かといって、いつまでも利益を確保しないでぐずぐずしていると、せっかくの利益が逃げていってしまうかもしれない。いったいどうすればよいのだろう? しかも誰も待ってくれないのだ。
この選択には心理的葛藤があるだけでロジックと言うものが無い。あるのは迷いばかり、だから私は利食いが好きにはなれないのだろう。
上値目標による利食いには意味が無い。
この章まで私は楽しみながら自分では結構雄弁なつもりで、損切りと順張りに関して書き進めてきた。ところが、利食いの章に辿り着いて、このシリーズ執筆の初めての執筆登校拒否症に襲われた。うまく書けないのである。しかたなく、「上値目標による利食い」のシミュレーションを組み込んだエクセルシートで遊びながら無益な時間を過ごしている内に、これは大変なテーマに首を突っ込んでいるなと思い始めた。本当の所、利食いについて書くべき有益な知識など存在しないのではないか?書くべき利食いの理想像が全く思いつかないのだ。
試しにこの下のリンクをクリックして、ここに埋め込んである利食いのシミュレーション・エクセル・シートをダウンロードして同じ事をやってみて頂きたい。
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(画像 : 利食いシミュレーション 成功例) |
シートの左上セルA1(赤色着色)に0より大きい任意の利食いの値を入れる。現在は0.5を入れてある。その後はF9キーを押す度に再計算が行われてシミュレーション結果がグラフに示される。
このグラフは10の銘柄を現在値から0.5離した所で利食いすると仮定して、(1) ランダム走行市場で取引した際の10銘柄それぞれの損益騰落線(細線)と、(2)それら全てを集計した統合騰落線(太線)で表示してある。ランダム走行は乱数(0から1まで)から0.5を引いて、1日の前日比引け値走行幅に-0.5から+0.5までの平均分布を当てて模倣した。
この仮想市場における利食いは、MOC(マーケット・オン・クローズ)で実行する。即ち引け時のみ利食い水準に到達しているかどうかを判定し、成り行き決済するのである。二項分布なのでザラバが存在せずこのような見慣れない仮想注文方式となる(ちなみに嘗てのシカゴ先物市場では、このような注文形式は受諾されていた)。試行期間は260営業日、即ち1年に設定した。
上図は典型的な成功例で、10全ての銘柄で利食いが実現し7近辺の収益で終了。下図は、典型的な失敗例である。
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(画像 : 利食いシミュレーション 失敗例) |
7銘柄は30営業日経過までに利食い成功しているのだが、3銘柄は最後まで利食い水準に到達せず、しかもこの3銘柄の損失が7銘柄の収益全てを食いつぶして14超の損失で終了している。
手短に結論を推測すると「上値目標による利食い」は、単体だけでよい結果を出す手段には成りえない。この手法で成功するには上昇トレンドが価格変動の中に残っている事が必要である。この場合は、トレンドの強さに応じて利食いが統計的に有利に終了する。
利食いがうまく行かないのは、利食いを強要される市況が、トレンドを失って横ばい乱高下になり擬似ランダム走行に似た市況になるからである。人はそこで始めて不安になり利食いを考え始める。
従って、利食いとは「利食い目標を定めそこに来たら利益を確定しよう」と決めるだけでは何の役にも立たない。何故だろうか?答えはとても簡単で、利食いとは本来「賭けを利益にて止める事」であり、利益がそこに達しない限りは、賭けのままなのである。単体の利食いとは、その賭けを賭けのまま放置する事である。
利益確定とは良く言ったものだ。確定すべき利益があり、それ以上は賭けに参加しないと言う事なのだ。
利益確定とは手順であって、取引手法ではないかもしれない。
相場の反転を認めるから利食いをするのであれば、利食いは当然、反対方向の新規取引を伴うものでなければならない。すなわち利益確定させるだけではなく、同時にドテン売買(リバーサル取引)を行うべきだ。この場合の利食いとは反対方向の新規売買のことであり、新規売買の手法が必要なのであって、別に利食いの手法などは必要ない。
新規売買を伴わない利益確定、すなわち決済だけの場合には、単に止めるだけである。止め方には色々あるが、良否を議論する手法と言えるほどのものは思いつかない。思いついたとしたらそれは貴重な秘密であり、公開もされないだろう。
つまり我々の日常取引における利食いは、たんに手順と呼ぶのが相応しく、手法と言えるほどのものではない。
肝心な事は、必要とあらば、市場に再出陣できる準備が整っている事だろう。利食いをした後、相場は同じ方向に動き出すか、あるいは大きく反転するかもしれないからだ。従って、ここでも利食いは次の新規売買の手法とペアになって初めて成果が発揮されることになる。利食いとは単体では議論がしにくい依存性のある概念なのだ。
利益確定の手順
話を簡単にするために、買いポジションの場合についてのみ触れるが、売りの場合には、売買を反対にして読み取っていただきたい。
この手順を述べると次のようになる。
- 現在より「上値」に目標値を設走する利食いの手順。リミット注文「指し値」で実行される。
- 現在値より「下値」に利益確保水準を定めるストップ注文「逆指し値」による利食いの手順。トレイリング・ストップなどもこれに属する。トレーシングとも呼ばれる。
既に述べたように(1)だけでは無意味。(2)であれば、確かに利益は今よりは悪いがある程度確保されるし、万一トレンドが継続した場合はその先の追加収益も取ることが出来る。しかもこの「万一」は大当たりも含んでおり、無制限の賭けである。
(3)1と2の両方を組み合わせて、より利益確定に近い形に収めた手順がいわゆるOCO注文である。One Cancel the Other注文の事である。これは二つに一つの賭けで、上値目標(リミット)でピタリと利益確定させるか、それとも下値の目標値(ストップ)でピタリと利益確定させるかの二者択一である。心理的葛藤が起き難いという利点があり、広く応用されている。幅が広ければ時間が掛かり、狭ければ直ぐに決着が付く。
(2)で述べた利益確定ストップのシミュレーション・エクセル・シートを作成した。試しに、この下のリンクをクリックして、ここに埋め込んである「利切り」のシミュレーション・エクセル・シートStopLoss.xlsをダウンロードして同じ事をやってみて頂きたい。
便宜上「利切り」と呼んでみたが、実質は損切りと全く同じ計算をする。上値目標の利食いシートとは完全に対照形となっており、利食いと損切りとは同じ事を鏡のような反対の世界でやっていることになる。前述のシートと二つを頭の中で組み合わせて、何か良いOCOの設定があるかどうか、色々考えてみる。
OCOで、利食いと利切りとを両方設定する場合に、設定の仕方で良否の差が出てくるだろうか?優れたOCOの設定の手法があるのだろうか?そんな事を考えるのに役立つツールだ。
私の考えでは、基本的にランダム走行する市場では、優れた組み合わせを思いつく事は出来ない。したがってOCO注文も取引手法ではなく、単なる手順に過ぎない。利益を確定させるべき時が来たら、いきなり成り行きで無作為に利益を確定しても、それがOCOよりも勝るとか劣るとか言う議論には発展し難い。
固定幅目標値による利益確定
市場分析を読むとよく見うけられるが、「上値目標」と称して市場はどこまで行くかというテクニカル分析がされている。目標を定め、それを達成したら利食いをするということはよく行われている。また目標「額」ではなく、目標「時間」に到達すると利食いを実行する事も多い。決済時に幾らになっているかは不明だが、恐らく周期的な根拠で最高値になっているはずだと予想するわけである。
これらは市場予測に頼る利食いであり、周期分析を含むテクニカル分析の範疇で語られるべきで、利食いの議論の対象からは外す。
このほかに統計的に適切と思われる「固定した利益目標額」を算定し、利益がそこまで乗れば、指し値で利食いし、ポジションをひとまずゼロにする手法がある。これは米国のシステム取引者が考え出した手法であるが、検討に値するのでここで少し詳しく見てみよう。
この手法は、ポジションを取った後、利益があらかじめ定められた固定額に達したらそこでひとまず利食いをし、その後は、新規ポジションの手法で市場を追跡して行くという手法である。この手法を応用するには、
- 適正な「利食いの利益金額目標」を算出する方法が分からないとどうすることもできない。
- このような算出法に意味があるのだろうか、適用することに意味はあるのだろうか。これも検討する必要がある。
通常はこれ等の問いの答えは取引システムのシミュレーションで解くのだが、ロジックで説けるような答えは有るのだろか?
利益はどこまで乗せられるか
(1)の適切な「利食いの利益目標金額」を算出する切り口であるが、次の様に考えてみる。
米国の市場格言の中でもっとも有名なものの一つに「損は切れ、利益は走らせよ」というのがある。その反対のことをすると確実に破産するのでこの格言はあきらかに正しいのではあるが、見落とされている重大な落とし穴がある。それは「利益は何時までも走ってはくれない」という事実である。限界があるとすると、それを知ることで利食いの利益目標額を定めるのに役立つかもしれない。
ドル円を例にとって、利益はどこまで走ってくれるのかその限界性を検証してみることにする。
まず、下図をご覧いただきたい。このチャートは私が常用している自作のツールで、ドル円の月足と、その統計的レンジ幅予想をグラフ化したものである。
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(画像 : ドル円の月足と、その統計的レンジ幅予想図) |
3段に分かれており、上部がドル円月足と、そのレンジの予想図。左に計算式が開示されているが、これだけでは計算の本質は見え難い。中央部は前月引値に対する今月の高値安値の乖離幅を記録したものである。赤線が安値で黒線が高値。移動平均線を添えてある。
議論の対象となるのは下部で、当月のレンジ幅を棒グラフで提示したもの。移動平均線も添えてある。着目点はこの棒グラフに有り、移動平均線を読み取ると1ヶ月のレンジ幅は約5円で推移しており、2000年以降は非常に安定している。唯一リーマンショック以降レンジ幅が増加した。
ドル円月足8円の壁
このチャートの移動平均線から容易に想像できることだが、平均的なボラティリティーで推移する月は、如何に優れた取引者といえども、1ヶ月以内に5円以上の片道収益を上げる事は困難となってくる。さらに注目すべきは青色の水平線で、8円の近辺に引いてある。
これを見ると余程うまく行ったとしても、1ヶ月の利益は8円が上限であり、2000年以降はその例外はリーマンショックの月だけだった。また市場はその事を知っており、安値から8円幅の高値が出現したら、市場は上昇を止めてしまうのである。まさしく月足利益を自主的に確定。
これが上値目標の利食いにおける納得の行く利食いの方式である。仮にその月の安値でピタリとロングを取り込んだとしても、1ヶ月の時間枠内では安値から5円以上の領域では利益を確定させるべきであり、そして8円まで来たら、絶対確定させた方が良いだろうと容易に推測できる。
やっと利食いの宿題は一つ解けた。