2015年12月より、「こころの健康診断」ともいえるストレスチェック制度が始まりました。そして現在、組織のメンタルヘルス対策も新しい局面を迎えています。

私は産業医として1万人を超えるビジネスパーソンと面談してきました。そして、ストレスに悩む人達がいる一方、同じような環境で働くにもかかわらずストレスに悩まない人達がいることも見てきました。ストレスで悩まない人達は、悩み落ち込んでしまう人達に比べ、ストレスに対する考え方に大きな違いがありました。

厚生労働省の資料ではストレスについて、図のようにストレス要因、ストレス耐性、ストレス反応という3つの言葉を使って定義しています。

  • 厚生労働省の考える「ストレス」

ストレス要因とは、ボールを押さえつけて凹ませる圧、押さえつける力のことをいいます。その圧に対してボールが凹まないようにはね返す力、ボールの弾力をストレス耐性といいます。そして、圧がかかった時にパーンとボールが割れてしまわないように、ある程度の弾性をもってボールは凹むわけですが、その歪みがストレス反応です。

この説明はとても丁寧ですし、一般にもわかりやすいと思います。

しかし、実際に、たとえば職場でのストレスということを考えたときに、この説明を元に考えると、「ストレス要因」という言葉から即座に「あの部長が!」とか、「会社がストレス!」などと原因探しの方向や、過去に注意が向いてしまいがちです。これがストレスに悩む人の典型例です。

簡単に言えばストレスとは、緊張と弛緩でいうところの緊張です。他に、ストレスには、遺伝的、医学的、生理学的な理論や知識で説明できる部分もあります。しかし、ストレスに実践的に対処することを考えるならば、ストレスというのは決してネガティブ、悪いものばかりではないと理解する必要があります。

ストレスは負荷、いいも悪いもない

精神的・肉体的に負荷となる刺激はみなストレスとなりえます。しかし、ストレスそのものが悪いわけではありません。同じような状況に対しても、人によりとらえ方は様々です。「成長の糧になる」という表現がありますが、何らかの刺激を負荷と思うか糧と思うか、感じ方は人により異なるということです。

そこで、ストレスとは緊張のことと考えるのがいちばんです。そして、筋肉の緊張と弛緩でもわかるように、両方あって1つの状態を保っています。そこに、いいも悪いもありません。

仕事が早く終わり家に早く帰ることができることを、家族と過ごせる、趣味の時間が持てるとポジティブに考える人もいますが、同じようなこの状況を、家事をたくさん頼まれそうだとネガティブに考える人もいます。

実際に上手にストレスに上手に対処している人たちは、ストレスを上記のようなとらえ方だけではなく、もっとシンプルに考えて対処している、またはストレスについてあまり考えていないが無意識のうちにその対処をしています。

その人たちにとって、ストレスとは何なのでしょうか。

ストレスとは、「強度」x「持続期間」

ストレスの強度

ストレスの強度というのは、どれだけインパクトが強いかということです。人は予想できることに関してはそれなりに身構えある程度は耐えることできますが、不意の出来事にはショックを受けやすい、つまり強度の強いストレスの原因となりえます。

例えば、気分良く出社して上司にいきなり怒鳴られたら大きなストレスでしょうが、「最近結果を出していないから、そろそろ怒鳴られるかな」と思っていたとしたら比較的小さいストレスですむのではないでしょうか。

ストレスの持続期間

ストレスの「持続時間・継続期間」というのは、そのような刺激や状況・環境が、いつからどれくらい続いてきたのか、そしてこれからどれくらい続くのかということで、これも個々人がストレスをどれくらい大きく感じるかということの重要な因子になります。

例えば、新入社員よりもベテラン社員の方が、自分の業務が月末に忙しい等の状況を事前に把握できているかどうか、同じ業務をやっていてもその終了の目処がたっているのといないのとでは、ストレスの程度が異なることがあります。原因がわかっているストレスと、わかっているないストレス、はどちらが重症かは理解は容易ですね。

ストレスは疲労度に関係

また、同じ人でもストレスの感じ方は環境や状況によって、時により異なるということもあります。 疲労がたまっていれば、ストレスの強度や持続時間がそれほど深刻な程度ではなくても、当然、本人のストレスの感じ方は大きくなるでしょう。

一つ一つはたいしたことではないけれど、重なってくると大きなストレスになるというのはよく耳にすることです。

厚生労働省の安全衛生調査(平成28年度)によると、仕事に強いストレスや不安、悩みを感じている働く人の割合は59.5%と、働く人の半分以上が仕事に強いストレスや不安、悩みを抱えているようです。

ストレスチェック制度の始まりは、すべての社員にとって年1回、ストレスについて考えるきっかけになっています。この時、ストレスの原因を追究するよりも、ストレスは強度x持続期間ととらえて、ではどういう対策をとっていこうかと前向きに考えることができれば、ストレス対策は、もっと対処できるものになり、ストレスに悩む人が減るのではないでしょうか。

ストレスチェック制度が、そのような企業文化が形成されるきっかけになってくれることを願ってやみません。

※写真と本文は関係ありません

著者プロフィール: 武神健之(たけがみけんじ)

医師、医学博士、日本医師会認定産業医。一般社団法人日本ストレスチェック協会代表理事。ドイツ銀行グループ、BNPパリバ、ムーディーズ、ソシエテジェネラル、アウディジャパン、BMWジャパン、テンプル大学日本校、アプラス、日本風力開発といった一流外資系企業を中心に、年間1,000件以上の健康相談やストレス・メンタルヘルス相談を実施。働く人の「こころとからだ」の健康管理を手伝う。2014年6月には、一般社団法人日本ストレスチェック協会を設立。「不安とストレスに上手に対処するための技術」「落ち込まないための手法」などを説いている。
著書に『職場のストレスが消える コミュニケーションの教科書―上司のための「みる・きく・はなす」技術』(きずな出版)がある。