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ドラマにありがちなシチュエーション、バラエティで一瞬だけ静まる瞬間、
わずかに取り乱すニュースキャスター……テレビが繰り広げるワンシーン。
敢えて人名も番組名も出さず、ある一瞬だけにフォーカスする異色のテレビ論。
その視点からは、仕事でも人生の様々なシーンでも役立つ(かもしれない)
「ものの見方」が見えてくる。
ライター・武田砂鉄さんが
執拗にワンシーンを追い求める連載です。
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バーベキュー(BBQ)に行けちゃう人間なのかどうか
事あるごとに、人に向かって「オマエはバーベキュー(BBQ)に行けちゃう人間なのか?」と問い、「あんなの行けるわけないよ」と返してくれれば歯を見せて笑い、「えー、なんで、行っちゃいけないのー」とポップに返されれば口を真一文字に結んだまま背中を向ける。もう帰ってくれ、という合図だ。「リア充」という言葉は闇雲に使われすぎて好きではないのだが、(とりわけ若者は)なにかとリアルが充実していないと、BBQには参加することが出来ない。率先して肉を焼く係を買って出た、日頃から何かと頼もしい裕介(仮名)。けなげに野菜を切り分けるのは、男女とも誰からも嫌われない明美(仮名)だ。テンションの高さが普段はうざったくもある智則(仮名)も、今日ばかりはムードメーカーだ。「もぉ、食べる前からそんなにお酒飲んだらダメでしょー」と呆れる明美の前で、コンビニで買った安い白ワインをラッパ飲みする智則。あと1時間もすれば、ハメを外して裸になり、川に飛び込むのだろう。
自分の居場所はありますか、見つかりますか、と残酷に問うてくるのがBBQというコンテンツである。そうですか、見つからないですか、という憐れみは、裕介から焼きすぎた肉を次々と紙皿に乗っけられるという行為によって表出する。はじめのうちは「お、おう、サンキュー」と返していたものの、そのうちに「これはもう食べられるな」と、鉄板の都合が優先される形で肉が配給されるようになる。あれだけ健気に野菜を切り分けていた明美は、陰でカロリーメイトでもほうばっているのではないかと疑いたくなるくらい小食で、「私、もうお腹いっぱいだぁ」と、食べている最中なのに、出来得る範囲の片付けを率先して始めてしまった。智則が上半身裸になった。川ではしゃぐのはもう間もなくだろう。
本格的な夏の到来を伝えるニュース映像
BBQ、この10年くらい、誰からもお呼びはかからない。気が付けば自分の周囲にいる人たちは、「BBQで肉を焼いているようなヤツって絶対にポロシャツの襟を立てているよね」と小馬鹿にし合う男の友人か、「甲斐甲斐しく野菜を切り分けているような女なんて、普段全く料理していないよ絶対」と罵る女の友人ばかりになってしまった。そう、お恥ずかしながら、私、そして私たちは、BBQの実践からかなり長いこと遠ざかっているのである。
それなのになぜ、私は先ほどのようにBBQの風景を恨みったらしく再現できてしまうのか。それはもう「本格的な夏の到来を伝えるニュース映像」の存在に他ならない。今日は36度まで気温が上昇する、昼前の11時の時点で埼玉の熊谷市ではもう32度だ、とアナウンサーが言う。この時に使われる映像の多くはこうだ。まずは東京駅か有楽町周辺の交差点。汗を拭うサラリーマン。「いやー、もう、ねぇ。やんなっちゃいますねぇ」。続くのは水遊び場のある公園ではしゃぐ子どもたち。「もうねぇ、少しでもねぇ、と思いましてねぇ」とお母さん。これは平日のニュース映像。週末の映像では変化が生まれる。ここで重宝されるのが、海水浴とBBQだ。渓流下りなんてのも意外と使われやすいが、経験のある人でないと、そもそもあれって涼めるのか、それなりに暑いままなのかが分からないので、映像としての訴求力に乏しい。
あまり見かけなくなった「BBQトラブル映像」
高温を伝えるニュースに一瞬だけ映し出されるBBQの模様を、クーラーガンガンの部屋で、お中元でもらった高級そうなゼリーを飲み込むように食べながら眺める。うん、やはり、いる。奥に見える。はしゃぐ智則、肉を焼く裕介、野菜を切る明美。そんなニュースを見ている私の携帯に内蔵されている万歩計が記録しているのは「253歩」。近くのポストに原稿料の請求書を投函しにいっただけだ。BBQの現場をもう長いこと知らないが、毎年のように更新されていくのは、この手のニュースを定期的に見ているからなのだろう。なるほどやっぱり今年も川辺でBBQが繰り広げられているのか、と確認作業をし続けてきたわけだ。
ニュースではなくワイドショーは、「ったく最近の若者は」需要に応え続けてきた。片付けをしないでゴミだらけのままBBQの場から立ち去ろうとする若者たちを糾弾する企画が流行ったのは5年くらい前だろうか。その数年後には、機材の設置から片付けまでを行ってくれる「BBQ代行サービス」が取り上げられ、「ったく最近の若者は、そんなことまで人に頼むのかよ」と憤らせようと意気込んだものの、どうやら理にかなったサービスでもあったようで、この数年は自分がテレビをつけている限りでは「BBQトラブル映像」には出合っていない。
「てか、そっちも勝手に、撮影すんのとか、やめてもらえます?」
智則も裕介も明美も、モザイクをかけられてしまうと、どこまでも常識知らずの若者に変貌する。めっちゃ盛り上がったBBQ、まさか智則だけじゃなくて裕介まで川に飛び込むとは思わなかったぜ、マジで伝説の夏だなとか言っている太一(仮名)。川辺で何組もがBBQを終え、各々とっても乱雑な片付けをし、燃えるとか燃えないとかガスボンベだとか花火の残りカスだとかが、一緒くたになってゴミ置き場に散乱している。そもそもここのルールでは、ゴミは各々持ち帰らなければならないはず。そこへかけつけた取材陣。「あっ、あちら、見てください。専用の洗い場が混み合っているからでしょうか、油まみれの鉄板を川で洗っていますね」「見て下さい、このゴミの山。こちらの看板が目に入らないのでしょうか。『ゴミは、必ず、持ち帰りましょう』と書いてあります」。モザイクをかけられた智則と裕介にマイクを向ける。
「ここってゴミを捨てちゃいけないのってご存知でしたか?」
「その脇に大きな看板が出ているのはお気づきになりましたよね?」
「あそこです。『ゴミは必ず持ち帰りましょう』って、見えませんか」
「あ、へー、あ、そーですか」
「持ち帰ってくださいますよね?」
「てか、そっちも勝手に、撮影すんのとか、やめてもらえます?」
「持ち帰ってくださいますよね?」
「いいからもう、やめてよ、撮影」
明美の心中はいかに。映像がスタジオに戻ると、首を横に降りながらあり得ないという顔をするコメンテーターが並ぶ。
知り合いの知り合いの休日は「夏」ではない
万歩計253歩の私は、いやはや今年も夏がやってきたな、というシグナルをテレビが映し出す「いかにも夏」な光景から接種していることにしみじみ気付く。もう何年も海なんて見ちゃいないし、繰り返しになるがBBQのお誘いもない。今年もまた、夏の解放感ならではの恋が生まれたり生まれなかったりしているのだろう。熊谷市が昼前から32度になったというニュースを見ながら、そんなことまで膨らませていく。
膨らませていくしかないという台所事情。なぜってこちらの万歩計は本日まだ253歩なのだ。TwitterやFacebookを覗いても、「いかにも夏」と同じ光景は目に入ってくる。しかし、知り合いの知り合いくらいの人が海に行っていようが、BBQをしていようが、それは「いかにも夏」にはならない。あくまでも、知り合いの知り合いの休日だ。引きこもりがちな職務ゆえに、いつしか、夏っぽい出来事は押し並べて自分と離れたところで相変わらず行われている出来事、と規定するようになった。その距離感をしっかりと更新させるのが「いかにも夏」の模様を伝える天気予報であり、ちらりと映るBBQなのだ。
BBQに屈しない精神力
先日、長くテレビ業界に籍を置く先輩に、サラリーマンの街中インタビューを何故必ず新橋ばかりで撮るのかを問うた。次々と明確な理由が出てきて驚く。まずあの広場が取材には最適である。ある程度酔ったサラリーマンが次々とやってくるから取材しやすい。人種差別するわけではないが新橋にはアジア系の人が少ないから、取材を依頼してみたら日本人ではなかったという事が起きにくい。そして、何よりも、あそこには取材慣れしているサラリーマンがいる。「つまり、プロサラリーマンがいるんですよ」と。
取材慣れしている「プロサラリーマン」、新しい言葉だ。彼らはいかにもな映像を量産する存在として重宝されている。BBQにも同じ事が言えるのではないか。思えば裕介も智則も明美も、その日のBBQにおけるポジションを開始当初から自覚して振る舞っていたのではないか。たとえ、テレビカメラを向けられたって、自覚的なままだ。野菜を切り刻むように、肉を焼くように、こういう映像が欲しいのでしょうと「いやー、暑いっすね」と答える。ゴミのトラブルだって、ある程度、芝居ががっている。クーラーの中で原稿を書いているこちらが辛うじて感知している「夏」が、夏を熟知している彼らが「こんなもんだろ?」と取り繕った言葉や挙動で成り立っているのならば、私は本格的に夏を嫌いになる。BBQにはあまりにも多くの思索が詰まっている。熟知した上で、BBQに屈しない精神力を、クーラーかけっぱなしの部屋の中で鍛え上げなければならない。
<著者プロフィール>
武田砂鉄
ライター/編集。1982年生まれ。2014年秋、出版社勤務を経てフリーへ。「CINRA.NET」「cakes」「Yahoo!ニュース個人」「beatleg」「TRASH-UP!!」「LITERA」で連載を持ち、雑誌「AERA」「SPA!」「週刊金曜日」「beatleg」「STRANGE DAYS」等で執筆中。近著に『紋切型社会 言葉で固まる現代を解きほぐす』(朝日出版社)がある。
イラスト: 川崎タカオ