九州新幹線鹿児島ルートが全通して5周年を迎えた。JR九州はお得なきっぷなど記念キャンペーン企画を実施中だ。ところで、九州新幹線800系は全線開業をきっかけに一部仕様が変わり、先行投入された6編成も新仕様に合わせて改造された。その理由は「ひとりでも多くの命を救うため」だった。
「ドクターイエロー」といえば黄色い新幹線車両。東海道・山陽新幹線の線路設備を検査する車両だ。正しくは「新幹線電気軌道総合試験車」という。JR東日本の新幹線電気軌道総合試験車は白い車体の「East i」だ。九州新幹線は専用の試験車両を持っていない。営業用車両800系に検査用の機材を搭載して走らせている。
九州新幹線は「ドクターイエロー」のような車両がない。しかし、すべての列車が人間用の「ドクタートレイン」になる。沿線の病院と連携して救急患者の搬送ができる。800系や九州新幹線対応のN700系(7000・8000番台)が「救急患者輸送」可能である。
きっかけは2008年。九州新幹線鹿児島ルート全線開通の3年前だ。鹿児島市民病院で周産期医療に携わる医師が、新幹線による患者の搬送を提案し、熊本市医師会がJR九州に要請した。周産期とは妊娠満22週から生後1週未満までの期間だ。この時期は母子ともに突発的な緊急事態が起きやすい。しかし専門の医師や設備の整った病院は少なく、救急搬送時の病院のたらいまわしなどが社会問題になっている。
鹿児島市民病院は、こうした事態に備えてドクターヘリやドクターカーを保有している。離島や離村の人々を迎えに行くためだ。さらに難易度の高い患者は熊本や福岡の周産期母子医療センターや新生児集中治療室などに搬送していた。しかし緊急自動車は法令で一般道の最高時速を80kmに制限される上に、天候や工事などで道路が通行止めになる。ドクターヘリは悪天候や日没以降の離着陸ができない。そこで新幹線の活用に注目した。
800系に多目的室を追加、初期型の800系も改造
医師会の要請を受けて、JR九州は患者輸送に対応するため、全線開業に向けて増備する800系と、九州新幹線に乗り入れるN700系に多目的室を設置した。多目的室に保育器など医療器具用の電源を追加し、「ストレッチャー」という台車付き担架が乗降ドアから多目的室へスムーズに動けるように設計された。
もともと多目的室は授乳やオムツ替え、気分が悪くなった人向けの設備だ。東海道・山陽新幹線向けのN700系はもともと多目的室が用意されている。しかし九州新幹線800系のうち、新八代~鹿児島中央間の部分開業時に投入した6編成は多目的室がなかった。そこでJR九州はそれぞれの編成に対し、約1,000万円をかけて多目的室を設置した。
800系の多目的室の電源は100ボルト5アンペア、N700系の多目的室の電源は100ボルト3アンペアだ。ただし、車内の電源は電圧が不安定なため、補助バッテリーの使用を推奨しているという。飛行機では医療機器の搬入は難しく、電源も確保しづらい。新幹線なら生命維持に必要な機器を併用して輸送できる。
ドクタートレインの活用で、従来は4時間程度を要した患者輸送を1時間以内に短縮できたという。また、新生児を保育器に入れたまま輸送できるようになったほか、大雪で交通網が混乱したときは、医師チームが新幹線を使って駆けつけ、蘇生に成功したという。
九州新幹線の範囲を超えて、JR西日本とJR東海も協力して東京まで搬送した例もある。気管軟化症という病気で、他の臓器から気管支を圧迫されて呼吸が困難な患者に、外ステント手術(気管の外側に強度のある筒を配置する)を施すためだ。遠距離の患者輸送は飛行機を使うけれど、呼吸状態の悪い患者は気圧の変化がリスクになる。そこで新幹線を使い、途中駅で東海道新幹線車両に乗り継いで6時間の輸送を実施した。
救急輸送とはいえ、実際にドクタートレインを利用するためには2日前までに予約が必要だ。また、患者と同行者の分の乗車券・指定席特急券も必要となる。感染力の強い病気の患者は不可。また、車内での手術も不可という条件がある。
JR九州は「なるべく前日や当日の要望にも応えていきたい」とし、担当窓口に電話をするだけで列車のから駅構内の移動まで手配できる体制になっているという。